2003年4月
ここでは"祭りの写真/心理学の日記"と題して2002年12月から開始したひまんじんネットの日記の過去ログを提示する。対象となる期間は2003年4月。
| 雨が静かに降る日暮れの町外れ | 2003年4月30日(水) |
| ひまじんネット | |
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今日は大雨。但し夜には上がる。疲れたからエニアグラムの話題は昨日に引き続き後回し。ところで昨日の答えは出だしそのままの「夕べ仄かに」。島田芳文作詞・古賀政男作曲。奈良光枝のCDに入っているが、筆者は何処かでディックミネ(「2人は若い」や「人生の並木道」で有名)の歌だと聞いた事もある。続いてこれはどうか。やはり高校時代、偶然ラジオで聞いた歌だ。 雨が静かに降る 日暮れの町外れ そぼ降る小雨に 濡れゆく我が胸 夢のような小糠雨 亡き母の囁き 一人聞く一人聞く さみしき胸に 辛いこの世の雨 悲しき黄昏よ そぼ降る小雨に 浮かぶは想い出 移り行く日を数え 亡き母を偲べば 灯火が灯火が 彼方の丘に 丘に静かに降る 今宵の寂しさよ そぼ降る小雨と 心の涙よ ただ1人佇めば 亡き母の俤 雨の中雨の中 煙りて浮かぶ ところで下記はエロスパム。また来た。218.9.149.60・218.9.149.61は以前調べた時、中国のIPと判明したが、日本語のスパムがどこをどう経由して中国発として筆者の許に届いたか、そこまでは分からない。 X-From_: douga0000000007@douga.3322.org Wed Apr 30 13:20:32 2003 Return-Path: Received: from douga.3322.org ([218.9.149.61]); Wed, 30 Apr 2003 13:20:31 +0900 (JST) Received: from 7c5vxwwykc0s7qi [218.9.149.60] by douga.3322.org with ESMTP (SMTPD32-7.11 EVAL) id ABD5B1801EC; Wed, 30 Apr 2003 07:25:25 +0900 Message-ID: Date: Wed, 30 Apr 2003 07:23:01 +0900 From: douga0000000007@douga.3322.org Subject: ☆☆1万人突破特別キャンぺーン☆☆ MIME-Version: 1.0 X-Mail-Agent: BSMTP DLL Sep 11 2001 by Tatsuo Baba Content-Type: text/plain; charset="ISO-2022-JP" | |
| 夕べ仄かに窓辺に立てば | 2003年4月29日(火) |
| ひまじんネット | |
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今日はいかにも休日にぴったりの晴。しかし筆者は出勤。疲れた。以下は筆者が高校時代にたまたまラジオで聞き、いいな、と思った歌。題名は何かな。分かる人は年齢が発覚するぞ。 夕べ仄かに 窓辺に立てば 山の彼方の 空の色 遠きあの日の 夢に似て 甲斐なき君の 偲ばるる 夕べ彩なす 茜の雲よ 何故に思いを 焦がすやら 山の遠さよ 過ぎし日の 儚き君の 思い出よ 夕べ遥かに 瞬く光 星になりたや 一つ星 黒い瞳に 映る影 誰故流す 我が涙 偲ばるるが「氏の婆縷々」と出た。最近、方言も扱える日本語変換ソフト(IMEの様な物か)があるようだが、それならば文語文も扱える様にすべきだ。 ★Debrisさん、今晩は。発覚する可能性のある年齢は今の内にバラしましょう。紫さんがどんな方か、後ほどたずねてみます。 / lithium ( 2003-05-01 23:32 ) ★風歌さん、今晩は。ご愁傷様。しかしまた来て頂き、有難うございます。 / lithium ( 2003-05-01 23:30 ) ★年齢発覚阻止のため歌のタイトルは書き込みません!(笑) たしか、紫さんとおっしゃる方がお詳しいですよ♪(^◇^) 当方のPCは「氏の場縷縷」と変換してくれました。「氏の婆縷々」と出るのは、いつも豆さんのことを「ばあさん」などと愛をこめて呼んでらっしゃるからかな?(笑) / Debris ( 2003-04-30 17:31 ) ★カーナビですら方言バージョンがある時代ですもの。あってしかるべきですよね。NETストーカーにかき回されて日記もHPも引越し、HNも変えざるを得ない状態となりました。 / 風歌@お久しぶりです。祭りねこ ( 2003-04-29 22:23 ) | |
| エニアグラムに於ける3つ組(その7) | 2003年4月28日(月) |
| ひまじんネット | |
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今日は晴。エニアグラムに於いて、思考センターと理性派、遊離型との間に類似性があるかどうかが、今回の課題だ。Wisdom of the Enneagramの理性派の記述を翻訳すると以下の通りだ。 ◆このタイプは何時に対処せざるを得なくなった場合、個人的感情を脇に追いやり、客観的・効率的な能力派であろうとする傾向が習慣化している。主観的な望みや感情は後回し。論理的に問題を解決しようとすると同時に、それを他人にも期待する。 如何にも"思考センター"と言う日常語の印象に近い記述だ。勿論、理性派に関する上記の説明とエニアグラムの専門用語としての思考センターは異なる。 ◆・・・他者か周りの世界かどちらからか、支えが無いと言う深い感情から怖れか不安が溢れる程に湧き上がる。自分が必要と感じる支えが得られない事への不安から、この3つ組のタイプはどれも、それぞれ異なった解決法を用いて、ある程度の安心感を手にする。それが彼等の怖れに対する防衛である。 "性格のタイプ"から引用した。ここでまた、理性派の説明に移る。 ◆このタイプが抱えているもう1つの問題は、規則や組織の制約の中で働けるかどうか、と言う所にもある(私は組織の中で機能出来るだろうか。それをプラスに出来るだろうか。それともしたい事の邪魔には成らないだろうか。)。 早速、"規則や組織"という言葉が登場した。規則や組織は何をすべきかを教える一種の支えだから、もうこれだけで思考センターと理性派の近さが想像出来る。 ◆このタイプに於ける組織への態度は、家族との関係にまで遡る事が出来る。どの程度まで組織の価値観の前に自分を殺すべきか、或いは自分を保つべきか、このタイプはなかなか決められない。しかしタイプ1はルール通りに動き、しかもその程度はタイプ1の正直さに誰も文句を挟めぬ水準にある。これと対照的にタイプ5はルールの外に出ようとする。タイプ3はルールや規則がもたらす制約を避けながらも、その恩恵だけは享受しようと両方の道を歩む。 支えの欠如感がある場合にはそれを外界に求める姿勢を産み、また別の場合には外界のそのまた外へ出たい願望を産んでいる。二股を掛ける要領の良い者もいる。しかし何と、思考センターと理性派はスムーズに繋がる事か。これに遊離型を加えればどうか、それは次に回す。 | |
| エニアグラムに於ける3つ組(その6) | 2003年4月27日(日) |
| ひまじんネット | |
今日は快晴。最近CosinaからPマウント一眼レフBessaflexが発表になっている。外観は昔のCanon F-1に似ている。若い女の子が父親譲りと思われるボロボロのCanon F-1を持っていたりするとなかなかサマになる。それにしても今後、Canon FDマウント、Konicaマウント、Mamiya NC & ZEマウント、Fujica AXマウント、Olympus OMマウントやContarexマウント、旧東独のPraktica Bシリーズマウント機が復活するかな、RolleiへはQBMマウント機のOEM供給が行われるかな、と考えるのも楽しい。さてエニアグラムの話題だが、写真はD.R.Riso & R.Hudson著、The Wisdom of the Enneagramである。日本語訳になっているのはその一部だけだ。今日は昨日に引き続き、感情センターと楽天派等に関する別の説明だ。例によって下手糞な訳だが。◆この3タイプは全て、対立や困難に対し、可能な限り前向きな態度を取る、即ち望に合わない物事でもどこか陽気な風に解釈する。・・・このタイプは士気を高める人であり、自分達がいい気分に浸りたいが為に、他人にいい気分になってもらいたいと思っている(私には困った事なんて何も無い)。このタイプが自分自身の暗い側面に直面する事は非常に難しい。つまり、苦しい事やなマイナス面はとにかく見たくない。 プラス面にのみ眼を向け、マイナス面へは顔を背ける様子が強調されている。しかし楽天派のある側面に眼を向け他を見ない傾向は、何処かやはり"気に入られ易いと自分が信じる仮面が気に入っていて、自分自身の真正な自己を認めない"と描写されている感情センターと符合する。前者は陽気さ、後者は自己イメージとこだわりの対象は異なるが。ひたすら責任感重視で、「メランコリー親和型」や「執着気質」を思わせる追従型は、感情センター・楽天派とは似ていない。しかし追従型には以下の様な心の動きがある。 ◆他の人達が自分に期待している事に、どうやったら応えられるだろう。どうしたら責任ある人間になるだろうか。 責任感は、楽天性とはなかなか両立しないであろうが、追従型と楽天派、どちらも行動面で自分自身を後回しにし勝ちな様子には以前、触れた。そして追従型の記述で他者の期待に沿おうとする面は感情センターの自己イメージ重視に近い。まとめると楽天派と感情センターは近く、感情センターと追従型も近い。そして楽天派と追従型は自分を後回しにする点で似ている。 | |
| エニアグラムに於ける3つ組(その5) | 2003年4月26日(土) |
| ひまじんネット | |
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今日は曇時々雨。昨日に引き続き、感情センターに関する別の所の説明を見よう。 ◆主体意識を巡る問題は、何らかの点でより気に入られ易いと自分が信じる仮面が気に入っていて、自分自身の真正な自己を認めない事から生まれる。・・・その為、3つのタイプは共に、自尊心、個人の価値、評価、恥と言う問題や、自分で作り出した自己像を他者に実証させる事を非常に気に掛ける。 "気に入られ易いと自分が信じる仮面"や"真正な自己を認めない"等の言葉に最も符合するのは、何らかの事情で(甲)(丙)(A)(C)が他者に評価される場合もあるが、やはり(乙)や(B)だろう。(丙)の描写は最も他者に映る自己像に関与した状態からは遠い。(甲)も(甲)らしく活発であろとすれば、他人に見える自分自身等後回しにせざるを得ない。これに対し(乙)に於ける責任感や人助けはそれを評価する他者があって初めて意義ある物であるし、自分自身を後回しにする様子も何処か真正な自己から遠ざかっている状態に似ている。(A)(B)(C)は(乙)の気分の揺れを示しているようで、仮面と真の自分に葛藤を感じていれば(A)的に、初めから(C)的な人々に囲まれていれば(C)的になり得る。しかし"気に入られ易いと自分が信じる仮面"と言う言葉はどうだろう。"気に入られ易い"も"信じる"も、自分が良しとする意見は他者に歓迎される筈だ、結局は何とかなるだろうと言う甘さを示唆している。従って(乙)タイプは(B)的に振舞うのが自然である。 ところで今、TVで私鉄の戦略としてCM等に協力している様子が出ている。例えばもう約20年の人気番組「金曜日の妻達へ」。これによって東急・田園都市線沿線の地域がちょっと高級感のある場所として一挙に有名になったらしい。しかし田園都市線と言えば要するに田舎電車であり、その沿線は山を切り開いて造成した新興住宅街である。この点に於いては京成線や東武線沿線と何ら変わる点はないのだが、"ちょっと高級"の感じは東急をピークとして小田急、京王、西武、東武・京成の順、即ち不思議ながら左回りだ。なお、以下はエロスパム。発信又は中継に用いられているIPアドレス218.9.149.60・218.9.149.61ともこれに対応するホスト名は不明。但しどちらもChina TelecomのIPアドレスだ。中国から発信している。 X-From_: douga0000000007@douga.3322.org Fri Apr 25 10:24:24 2003 Return-Path: Received: from douga.3322.org ([218.9.149.61]); Fri, 25 Apr 2003 10:24:24 +0900 (JST) Received: from 7c5vxwwykc0s7qi [218.9.149.60] by douga.3322.org with ESMTP (SMTPD32-7.11 EVAL) id AEA128180154; Fri, 25 Apr 2003 10:25:53 +0900 Message-ID: Date: Fri, 25 Apr 2003 10:23:45 +0900 From: douga0000000007@douga.3322.org Subject: 000=======最新動画情報 Express ======= MIME-Version: 1.0 X-Mail-Agent: BSMTP DLL Sep 11 2001 by Tatsuo Baba Content-Type: text/plain; charset="ISO-2022-JP" | |
| エニアグラムに於ける3つ組(その4) | 2003年4月25日(金) |
| ひまじんネット | |
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今日は曇の蒸し暑い日。"エニアグラムに於ける3つ組(その3)"迄の種明かしをすると、 (1)本能センター (2)感情センター (3)思考センター (甲)自己主張型 (乙)追従型 (丙)遊離型 (A)熱血派 (B)楽天派 (C)理性派 である。なお(A)(B)(C)は筆者が勝手に訳したから、もっと好適な表現があるかも知れぬ。それはともかく、3つ組の中の特定の項目、例えば(甲)と(A)が結び付き易い理由は、本来全く無い。しかし、 本能=自己主張=熱血 感情=追従=楽天 思考=遊離=理性 と言う組み合わせに、消去法で決めた部分があるにしても、一貫性を感ずる事は確かである。更にこの見方を補強する事になるが、本能センターに関する以下の説明はどうだろう[1]。 ◆自我の境界を維持する為に自分が体験した何かの部分に抵抗するという見方、特に他者からの影響に防衛的に抵抗すると言う見方もする事が出来る。 それから熱血派の説明[2]。筆者の下手な訳で恐縮だが。 ◆このタイプは対立や問題に対し、感情的に反応する。そして何処まで他人を信ずるべきか、分からない。・・・自主独立への願望と他人に助けてもらいたい願望との間に折り合いを付ける事が出来ない。他人を信じると同時に疑う。つまり一方で他人からの愛や支えを受け容れたいと深く願いながらも、他方ではそれによって自分自身や周りをコントロール出来なくなるように感じている。 前者が現象、後者がその心理状態と思えば、実に見事に符合する。"維持"や"防衛的に抵抗"と言う言葉はまさに対立する2つの力のせめぎ合いを匂わせる表現である。もし他人を信ずる側にのみ傾いていれば防衛の必要も消えるだろうが、逆に自主独立志向が一方的に強まった場合も、自然に自我の境界を維持出来るであろうから、敢て防衛的になる必然性が無くなる。そういう眼でもう一度自己主張的な(A)を見ると、"利用されるようなことはしない"と言う、まさに抵抗を意味する表現がある。かくして筆者は益々、本能センターと自己主張的態度、熱血派振りとの間に整合性を見るのである。 [1]D.R.Riso & R.Hudson、橋村令助訳、性格のタイプ、春秋社。 [2]D.R.Riso & R.Hudson、The Wisdom of the Enneagram、Bantum。 | |
| 昨日の日経夕刊から | 2003年4月24日(木) |
| ひまじんネット | |
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今日はずっと雨。昨日街中のカメラ屋を覗くと、最近N社がやっと発売し始めたカメラ振れを補償する望遠レンズが、もう中古で出ていた。昨日、と言えば4/23の日経新聞夕刊の"明日への話題"にこんな文章があった。 ◆嘗て「太った豚より、痩せたソクラテスたれ」と訓示した大学総長がいた。大学紛争が始まる直前、1960年代の事である。名文句と拍手が起きた一方、エリート臭に顔を顰めた人達も多かったようだ。何れにしても当時はまだ、エリートの社会的使命と言う物が真面目に問われていたのである。 おそらく、東大の卒業式での訓示だった筈である。しかし疑問なのは"エリート"の定義。官庁や企業の幹部やその候補生を輩出する点では、東大はまだ機能している、と言うより機能のし過ぎで社会の重荷にさえなっている。そういう状況で"当時は"と言う言葉が出ているから、"エリート"は単なる社会の幹部ではあるまい。勿論、"社会的使命"が問われているから"エリート"は象牙の塔型の学者ではない。とすれば"エリート"とは、直接の権限はないにしても、発言の影響力の大きさで社会を動かすような者---マスコミ人と言うには真面目過ぎ、学者と言うには真理よりも発言力に重点を置き過ぎ---即ちintelligentsiaの意味であろうか。例としてC.G.Jungの「タイプ論」を翻訳した林道義のホームページは、心理学者と言うよりも寧ろ社会評論家としての側面を窺わせる物だったが、今消えたのか、アクセス不能だ。 個人的には「エリートの社会的使命」と言う言葉を聞いた場合、広義に取りたい、即ち社会の幹部になる事も含めたいように感ずるが、その定義が何であれ、もし東大その他有名大学はおしなべてそういう側面を重視すべきであるならば、大きな矛盾が発生する。即ち、有名大学は法学部と経済学部のみから成立しているべきだ。部活は弁論部(政界志望の若者が集まる)のみ。そして松下政経塾を社会人向けの大学院大学に。文学部は文芸評論とそのプロの育成に特化するならば、あっても良いかな。そして、理学部や工学部は有名大学に含まれるべきではない。何故ならば、科学者や技術者、その他所謂専門家は、如何に大きな発明発見を成そうとも、その寄与の度合いは"社会的OX"と言うには程遠い為である。例外としては進化論のDarwinが挙げられるかもしれない。何故ならば進化論は単なる生物学上の考え方に留まらず、社会的Darwinismという優勝劣敗の見方をも生み出したからだ。Freud、Marxも然り。その功罪は別として。 そこまでには至らずとも、例えばどうだろう。バブル期、有名大学の理・工学部の卒業生が製造業を敬遠し、銀行・商社等へ流れ込んだ事が、ちょっとした社会的話題になった事があった。勿論、否定的な意味である。しかし上述の"社会的使命"を広く解釈し、且つ至上命題とするならば、これは歓迎すべき現象になる。理科系的な業種・職種に比べれば、やはり文科系的な業種・職種がより社会の動きに密着しているからだ。商社は単なる流通業者ではなく、ビジネスそのものを企画運営する。銀行は融資を通じて産業を育成する場合もあるし、路頭に迷わせる場合もある。何れにせよその影響力は間接的だが、大きい。 エニアグラムの話は雨天順延。 | |
| エニアグラムに於ける3つ組(その3) | 2003年4月23日(水) |
| ひまじんネット | |
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今日は曇り後午後から雨。それでは取り敢えず、昨日の(甲)と似た項目を探してみよう。そうすると、(1)の「統率者」は(甲)に非常に近い概念である。また独立心の強い点で(A)が非常に良く似ている。勿論、(甲)の陽気な性格は(A)では殆ど現れていない。(甲)は自信家の、(A)は警戒心の強い人物像である。(甲)は幸福の絶頂にあり、(A)は丁度その裏面にいる。そして(甲)・(A)とも周囲の人々との軋轢は多いようだ。だから少年時代(現役サラリーマン時代)ずっと(甲)型のエネルギーを発揮し続けた者が思春期(定年期)に達して本来のエネルギッシュな傾向を残しながらも、寧ろそれ故に悩み始めて(A)的になった、と言うストーリーが成り立つかも知れない。(A)以外に(B)・(C)はどうかと考えると、(甲)の只管前向きな部分は(B)と共通しているが、(甲)はどちらかと言えば指導者向き、(B)はなだめ役向きで、筆者は(甲)に似ている記述と言う点では(A)に軍配を上げる。(C)は理性的であるから(甲)的且つ(C)的な者は現代社会に於いて最も望ましいタイプたりうるが、(C)に最も近い印象を与えるのは一昨日の(3)である。結局、(甲)に似ていると感じられるのは(A)だ。 (乙)はどうか。(A)〜(C)/(1)〜(3)の中で特に責任感に触れたタイプはない。敢て言えば(1)の「周りの世界や他者と非常にうまく関係を保ち」や(2)の「対人関係に関する資質」は近いとも言えようが、これらは(B)の「楽観的」態度が生み出す心地良さのようでもある。そこで(乙)をもう少し読み進めると「助けになれる事や、本人の為に最良と思う事をやってあげる」という言葉がある。従って(乙)は世話好きであり、堅苦しそうな(C)からは遠いと想像出来る。そして人助けが好きと来れば(B)だ。自分自身を後回しにする処も共通で、自分自身へのこだわりの強そうな(A)とは大違い。引っかかる点は(乙)の責任感と(B)の楽観性で、この2つは通常両立しない。責任感の強い者は要するに当人が何かをせねば(止めねば)望ましくない状況が発生すると言う判断に於いて鋭いが故にそうなる。これが習い性になり、俺が俺が出ないで何が解決するんだ、と言う主張ばかり出るようになると段々(甲)に似て来る。一方、楽観性とは要するに人為的な対応策なしでも物事は悪くならない、と言う判断に傾く傾向であるから、責任感とは遠い。そして楽観的判断が自分自身の価値に対して成されるとやはり自己主張が強まり、(甲)に似て来る。もう長々と書いたが、(乙)と(B)には共通性がある。但し(甲)と(A)程ではない。 (丙)は、消去法で選べば(C)と対応する。確かに(丙)の様な非行動的な描写は、(A)の激しさとは符合しない。(丙)+(B)となると楽観性故に何もしない休日の暢気なゴロ寝派父ちゃんが思い起こされるが、無理に組み合わせればそうなるだけ。一方、(丙)と(C)の間には自己抑制的な傾向がはっきりと存在する。その反面、(丙)の「論理的」「自分の気持ちに触れるのは、心地良くない」と言った要素は(C)の「夢見る人」「想像の世界」とは真っ向から対立する。そもそも論理は夢を潰し、"気持ち"の回避は想像を理性に変えてしまう。だが(丙)も(C)も第三者の目には思弁的人間として映る。だからやはり似ている。 結論だが、(甲)と(1)・(A)は似ている。(乙)と(B)もやや似ている。(丙)と(C)も近い。そして類似性を感じる度合いもこの順である。それから(C)と(3)は似ている。とすれば、消去法で(乙)・(B)に(2)を加えるのも悪くない。なおここでの意見は筆者独自の感じ方で、エニアグラムとしての正解ではないかも知れない。ご注意あれ。明日以降、エニアグラムの正当な解釈と筆者の解釈に関して考察しよう。 ★エニアグラムの話は雨天順延です。 / lithium ( 2003-04-24 22:14 ) ★たのしみ!o(^o^o)(o^o^)oワクワク♪ <エニアグラムの正当な解釈と筆者の解釈に関して考察しよう / Debris ( 2003-04-24 21:32 ) | |
| エニアグラムに於ける3つ組(その2) | 2003年4月22日(火) |
| ひまじんネット | |
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今日は晴。昨日の答えは先延ばしにして、少し3つ組に関する他の記述を探ってみよう。D.R.RisoとR.Hudsonの日本語になった中での最新作である「エニアグラム--あなたを知る9つのタイプ」には、以下のような部分がある。 (甲)私はかなり独立独歩で、自己主張する傾向がある。人生は、正面から立ち向かうと一番うまく行くと感じて来た。自分自身で目標を設定し、直接関わって、事を起こしたい。じっと待つのは好きではない。大きな事を達成し、影響を与えたい。必ずしも人と対決する事を求めている訳ではないが、利用されるようなことはしない。大体、自分が何を欲しているか分かっていて、それを手に入れようとする。良く働き、良く遊ぶ傾向がある。 (乙)私は極めて責任感が強く、献身的な傾向がある。やると決めた事や期待された事をしないと、とても嫌な気持ちになる。私が人に知って欲しいのは、助けになれる事や、本人の為に最良と思う事をやってあげる事である。私は度々、人の為に---彼らがその事を知る、知らないは問わず---大きな個人的犠牲を払って来た。私は自分自身の十分なケアをしない事が多く、必要な仕事をした上で時間が余った時にリラックスし、自分が本当にやりたいことをする。 (丙)私はおとなしい傾向にあり、自分1人でいる事に慣れている。普段、人との付き合いに於いて、自分に余り関心が来ないようにする。強く自己主張する事は珍しい。リードしたり、他の人のように競争する事は心地良くない。多くの人が、私の事を「夢見る人」と言うだろう。つまり、自分が興奮する多くの事が、想像の世界で展開する。常に活動的でなくてはと感じる事無く、かなり満足していられる。 昨日の(1)(2)(3)と似ているような、そうでないような気がする。同じ系列の本でも時期や翻訳者が変わるとこうも違いが出るのだろうか。それからこんな部分も。 (A)私は物事について強い気持ちを抱く---私が幸福で無い時は、大半の人に分かってしまう。人といる時は身構えている時もあるが、見掛けよりも繊細である。私は人との関係に於いて、自分がどの位置にいるか、そして誰を、何を頼みに出来るか知りたい。大半の人々にとって、私との位置関係はかなり明確だ。私が何かについて怒っている時は、他の人達に反応して欲しい。そして私と同じように感じて欲しい。私はルールを知っているが、何をすべきか他の人には言われたくない。自分で決めたい。 (B)私は普段楽観的で、物事は結局うまく行くと感じる。通常、熱中出来る物や没頭出来る様々な方法を見つける事が出来る。人と一緒にいたり、他の人が幸福になる手助けをするのが好きだ---自分自身の幸福を人と分かち合う事を楽しむ(いつも気分が晴々としていると言う訳ではないが、その事は誰にも見せないようにする)。けれども楽観的故に、自分自身の問題に対応するのが手遅れになる事も時々ある。 (C)私は自己抑制し、論理的な傾向がある。自分の気持ちに触れるのは、心地良くない。私は効率的で---完全主義でさえあり---自分自身で働く事を好む。問題や対人関係の葛藤があれば、自分の気持ちをその状況に持ち込まないようにする。私が冷静過ぎると言う人もいる。だが自分の感情的反応によって、本当に重要な事から逸らされたくない。感情を害するようなことを人から言われても、私は普段、反応を示さない。 どうだろう。(1)(2)(3)(甲)(乙)(丙)(A)(B)(C)、何処かに相関がありそうでなさそうで・・・と言った感じだ。明日も続く。 | |
| エニアグラムに於ける3つ組 | 2003年4月21日(月) |
| ひまじんネット | |
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今日は曇り後晴。エニアグラム(enneagram)では9つのタイプを3つずつに分ける場合がある。例えば、タイプ8・3・7は「攻撃的」、タイプ1・2・6は「依存的」、タイプ9・4・5は「後退的」等。それでは、以下の記述からどんな3つ組みが連想出来るだろうか。D.R.Riso・R.Husdon著、橋村令助訳「性格のタイプ」から引用した。 (1)健全な時は、自分自身の深い知恵に生かされて周りの世界や他者と非常にうまく関係を保ち、多くの場合、ある種の統率者となる。しかし、不健全な時は、・・・平衡を欠くようになる。 (2)健全な時は、・・・賞賛の的となるものであり、対人関係に関する資質としてそのタイプの人々を高く評価させる事になる。しかし不健全な時には、・・・何らかの点で平衡を失っている。 (3)健全な時は、その驚くべき洞察力や着想、物事を理解する能力は、他のタイプを遥かに凌いでおり、その能力によって実利的、創造的、科学的な偉業をしばしば達成する。しかし不健全な時には、・・・何らかの点で平衡を失う。 続きは明日。 | |
| 今日も雨 | 2003年4月20日(日) |
| ひまじんネット | |
| 今日は昨日に引き続き雨。もうつつじの咲き始める季節だ。 | |
| Myersに於けるタイプと仕事への姿勢(続き) | 2003年4月19日(土) |
| ひまじんネット | |
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今日は小雨。昨日の続きになるが、それではMyersは仕事に対する倫理観を敢てタイプと関連付けるとすれば、どう考えられるか。ここで1つ重要な事だが、Myersは心理学者としては大変珍しく、自らの体系即ちMBTIを科学の如く価値中立的なものにしようとしている様子がある。これに対し例えば性格を記述する言葉の分析に基づくFive Factor Model(FFM)は、MBTIとの間に相関を呈するとされているが、その中身は良心であるとか知性であるとか、明らかに価値意識を含んでいる。従って倫理観云々はMyersの意図には反する事であろうが、そこを敢て越えて仕事の姿勢に関する記述を探すと、以下のような部分がある。 ◆同じ銀行の別の課、信用調査課では、電話で調査を行う課員に対して課長はいつも不満を抱いていた。課長が気に入らないのは、同じ所に何度か電話すると、すぐに電話の相手と個人的交際を始めようとする事であった。 これはもし日本であれば、寧ろ、歓迎される態度である。電話の相手がもし「個人的交際」を受け容れる態度を示せば、信用調査課は相手から信頼されているであろう、との推測が成り立つからだ。但し勿論、純粋に個人的な動機を仕事に持ち込むのは違反であり、電話器の業務上横領だ。日本で重視されているのは、如何に真意を韜晦して誠意を装うか(顧客に対しても上司に対しても!)、又逆に表面的な誠意の裏の意図をどう見抜くか、と言った処世術である。 ◆その課長はTタイプで、課員はFタイプであっが、これでは仕事についての考え方が一致する筈がない。 T/Fは思考と感情。但しここでのT/Fが、仕事に個人的意識を持ち込む事に対する反感に於いて違っているのか、それとも仕事に対し直球勝負と処世術勝負のどちらを選ぶか、と言った戦術の選択で違っているのか、明らかではない。しかしもしMyersの意図が前者であったならば、Myersは仕事の場面に限定するならば、倫理観の強さを思考機能に当て嵌めていた可能性もある。それでは信用調査課での問題はどう解決されたであろうか。 ◆単調な事務的業務には一番向いていない筈の、ENTPタイプを送った。 ENTPは外向直観型で、E・N・Pは全て単調な作業に不向きな要素である。Jungは外向直観型に関して ◆国民経済にとって、又文化を振興する者として、極めて重要である事は容易に理解されよう。 ◆商人・実業家・投機家・ブローカー・政治家等の多くはこのタイプに属する。 と述べているし、実際そうした機会や権限を勝ち取れば、何事かを成し得るであろう。しかし余り雑用向きではないから、大きい仕事が可能な地位に昇るまでの間をどう我慢するかが、このタイプの成功の鍵を握っているのではなかろうか。さて信用調査課のENTPの評判はどうか。 ◆課長は、新しい課員は、今迄の内で最も信頼出来る調査員であると太鼓判を押した。 案外、電話による調査活動は「単調な事務的業務」でなかったのかもしれない。しかしどうだろう。Keirseyは ◆ENTP型は余り順応するタイプではない。組織や規則の抜け道を探すのが好きで、組織内の駆け引きを楽しむ。 と述べている。狡猾な政治のプロのようだ。これに対しMyersはPタイプに「信用」と言う言葉を与えた例を出しているが、これはKeirseyの解釈とは大違いである。違いがあるのは止むを得ない。しかしそれが何に起因し、本質的かそうでない瑣末的な事項か、と言った考察が無いのが心理学のいつもの事情である。 | |
| Myersに於けるタイプと仕事への姿勢 | 2003年4月18日(金) |
| ひまじんネット | |
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今日も晴。Keirseyは仕事への姿勢に於ける判断型と知覚型の違いを強調しているが、MBTIの開発者であるMyersはそうではない。以下のような記述がある。 ◆この同じ課で、仕事を安心して任せられるメッセンジャーがいなくて困っていたことがあった。銀行中を回って書類の入った筒を集め、記入が済むとこれをまた元の部署に戻すと言うのがメッセンジャーの仕事である。使い走りの間には、タイピストに渡す書類の束を整理しておかねばならない。 それでは、当時のメッセンジャーの如何なる点が不満だったのだろうか。 ◆一番評判の悪かったメッセンジャーの場合、使い走りを社交の機会にしていたのであった。彼女は余りに長い時間、タイピストも含め、余りに多くの人と、おしゃべりばかりしていたのだった。 無駄なおしゃべりは業務を非能率にしてしまうであろうが、特に銀行のような堅い職場では、単に仕事をこなすだけではなく、一生懸命、地道にやっているように見せる処世術が仕事そのものと並んで重視されていたかもしれない。 ◆もう1人の欠点は、自分の計画した事を行う事にばかり気を取られて、使い走り等うわの空だった事である。・・・これはたいていの場合には長所となるのであるが、やりかけの仕事を途中でやめる事が非常に苦手なのである。 じっくり腰を落ち着けて行う仕事ならば、向いているかも知れない。このような例を出した理由はMyersとKeirseyの考え方の違いを際立たせる為だが、実は最初のタイプはESFJ、後のタイプはISTJである。KeirseyはSJタイプをおしなべて従順で勤勉で禁欲的としており、ESFJにも「良心的」「秩序正しい」「使いやすい部下」「守り」「義務感」等の言葉を与えているから、そう信ずる限りに於いては、仕事を社交の機会と考える事は先ず考えない、もし他人から相手にされたいと願っていても、上司に認めて貰う以上の個人的願望は職場には持ち込まない、と推定するのが自然である。しかし少なくともMyersの考えるESFJはそんなに良心的ではないようだ。ISTJも同様で、真面目で堅いタイプには違いは無いが、MyersとKeirseyの描写には社会心理学者D.Riesmanの"inner-directed"と"outer-directed"を彷彿とさせる違いがある。因みにメッセンジャーとして有能なタイプはSFPのようだ。Myersは続ける。 ◆・・・文書課は、SFPタイプの人を試しに使ってみる事にした。Sは細かい事にも良く気が付くこと、Fは期待に応えようという気持、そして何よりも、Pは臨機応変の適応性である。 特にP、つまり知覚的態度が決め手だったようだが、知覚的態度を ◆・・・遊び好きで、物事には余り真剣でないように見受けられる。 とバッサリ決め付けたKeirseyとは大違いだ。そして知覚型を採用した結果はどうだっか。 ◆文書課の方は大喜びだった。新しいメッセンジャーは、その場その場で一番大事な事を見失わず、例えばタイピストに「これはラチェット氏が非常に急いでいる書類だ」と言うことを非常に巧妙なやり方で分からせたりした為、ラチェット氏の書類は記録的なスピードで戻って来る程だった・・・ 大正解だ。文書課がもし、MBTIのタイプ解釈にKeirseyの考え方を取り入れていたら、こうはならなかっただろう。それにしてもMyersとKeirseyの間には大きな解釈の違いがあり、その距離感はエニアグラムに於けるRisoとPalmerとNaranjoと竜頭万里子の違いを遥かに超える程である。 | |
| 最近のgoogleは | 2003年4月17日(木) |
| ひまじんネット | |
| 今日も引き続き晴。疲れた。最近のgoogleは検索能力の面ではとても強烈で、htmlデータのみに留まらずpdfやパワーポイントやワード形式のデータさえも引っ掛けて来る。例えばpseudopotential、lda、gga、broyden等専門系キーワードではそうしたデータが出る多い。 | |
| Keirseyの判断と知覚 | 2003年4月16日(水) |
| ひまじんネット | |
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今日は平日とするには惜しい快晴の行楽日和。昨日のMBITの話題の続きだが「人間x人間セルフヘルプ術」では4番目の指標(例えばESFJのJ)である判断/知覚を、結論へ突進する傾向対データを集める傾向の対立のように述べながら、以下のようなキーワードで整理している。 ◆決着/保留 ◆決定/データ収集 これは定義そのもの。但し、Keirseyの影響を受けないMBTIの説明では直観機能が決断の速さに関係しているように思えるし、Keirsey自身の手による説明では感覚+知覚のタイプが素早く決断出来るタイプとして描かれている。そうした問題は無視出来ない事であるが、先へ進もう。 ◆確定/臨機応変 確かに決定や決着と確定は似たような感じのする言葉である。しかし、決定を保留しようとする人間は果たして臨機応変だろうか。そもそも判断/知覚を決定の速さと受け取れば、決定に於いて速い者は他の側面でも速いであろうから、その分、保留したがる者よりも臨機応変と見做すのが自然である。 ◆人生を切り開く/人生は風の吹くまま これはどっちがどっちでも可な感じ。 ◆決定的/とりあえず これも「確定/臨機応変」に似て対立項目として挙げるのは変。判断型を判断の速さによって特徴付けられたタイプと見做せば、"とりあえず"と言う決断が可能であるからこそ決定的になれると解釈できる。よってどちらも判断型の特徴である。その他、疑問なく受け取れぬ言葉のペアは多いが、以下のような記述はどうだろう。 ◆判断型は仕事が全てに優先すると言う倫理観を持つ傾向があるからだ。 ◆認知型[筆者注:知覚型の意味]の方は、・・・みんな遊びの哲学を持っているようだ。判断型に比べ遊び好きで、物事には余り真剣でないように見受けられる。 かかる傾向がどうやって決定とデータ集めの対比から演繹出来ているのか、筆者には分からないし、第一、MBTIの開発者であるMyersはそうした解釈を行っていない。Myersには、仕事に取り組む真面目さを4つの次元に敢て求めれば、思考/感情になると思しき記述がある。この点は今後触れる事もあるかも知れない。そしてこれはどうだろうか。 ◆認知型はプロセス中心、判断型は結果中心と言う人もいる。 これも、たまたまそう見えただけの根拠の無い事。判断型がもし仕事志向、知覚型が遊び志向であれば、遊び志向派がとにかく手早く表面を片付けて結果を取り繕い(つまり結果中心)、その粗放振りを許せぬ仕事派が抜け穴を埋める尻拭いをさせられる(つまりプロセス中心)、と言った状況は十分、有り得る。それに以前触れた事だが、心理テストの項目には素早く決断する筈の判断型に慎重さを、保留の多いはずの知覚型に気軽な行動を当て嵌めているケースもある。これ程迄に矛盾や無関係な基準の混入が多いのだから、判断と知覚は理解できないのが自然である。 ★実は筆者も「判断型・知覚型=判断機能・知覚機能を対外的な機能として使う事の多いタイプ」という形式主義的な定義を超えた定義を知りません。従って、決定VS情報収集はまだしも定義に近い描写ですがそれ以外の大半の「判断型はOX・・・」という描写はまさに単なる意見でしょう。それにしても矛盾や混乱が多い事は確かです。 / lithium ( 2003-04-19 00:28 ) ★『判断と認知』、そもそもの定義はどうであったのでしょう? 定義(理論)に則って実際の型(タイプ)ごとに見られた統計的傾向ということなのか、この別がよく判らないのだけれど・・・? それとも、定義の修正が研究者によって続けられていると捉えたほうがいいのかな? うーむ・・・(ー”ー;) / Debris ( 2003-04-18 18:32 ) | |
| 感覚=詳細・直観=大局は正しいか | 2003年4月15日(火) |
| ひまじんネット | |
今日は雨だが、昼過ぎには止んだ。MBTIに於ける感覚と直観を比較する際、頻繁に登場するのが「感覚=詳細・直観=大局」と言う基準だ。だからしばしば感覚と直観は、木を見るか、森を見るかで違うとされる場合が多い。Keirsey著・沢田京子/叶谷文秀訳「人間x人間セルフヘルプ術」(写真)では、感覚型は◆事実に注目し、事実を扱う事を望む。・・・詳細を正確に観察する能力に長けている。 となっているが、直観型は ◆人や物事をざっと見回し、その時々に自分に関心のある事にのみ注目し、感覚型が気付くような細かい事には気付かない事が多い。 ◆曲がり角の向こうにある物が見えたり、無意識に分かってしまう事もある。 となっている。それでは以下の人物像はどうだろうか。 ◆全てのタイプの中でもっとも正確な思考と言語能力を持ち合わせており、思考や言語の特徴や矛盾等を即座に見抜く才能を持っている。 ◆どんな話でも、矛盾点を探知する才能を持っている。それは今扱っている問題に関連のある事は何でも、知的なレベルで丁寧に調べ上げる才能を持っているからだ。従ってこのタイプは、他のタイプに比べ集中力があると言える。 ◆・・・概念や法則、行動を理解する為の大量の知識に振り回されて素人知識人になってしまう事もある。1度手に入れた知識は必ず覚えている。 どうやらかなり知的な人物像だが、その知性の働き方は緻密でしかも知識の量を誇るタイプのようだ。但し大局観に恵まれているような記述は見当たらない。特に「大量の知識に振り回されて」と言う部分は大局観の欠如を示している。従って冒頭に述べた詳細/大局の基準では、感覚型に属すると思われる。次の人物像はどうだろうか。 ◆このタイプは常に次の行動を起こせるような自由を必要とする。そして次の動きを巧みに決められる能力を持っている事を自分でも誇りにしている。 ◆究極の現実主義、抜群の時間感覚、便宜主義に生きるこのタイプは、決定的瞬間を逃さず、持てる装備を完全に利用し、敵の不備やミスを突いて勝利を手にする。 2番目の人物像では行動の素早さが強調されている。そして大局観に関する字句的な記述はないが、素早さやそれを支える瞬間の胆力の背後には、細かい確認を経由する事無く、一目で状況を把握する能力、つまり大局を見る力の存在が想像出来る。とすれば最初挙げたタイプが感覚型であったのに対し、こちらは直観型である、と結論できよう。なにしろ、曲がり角の向こうにある物が見える才能があれば、敵の不備やミスを突いて勝利を手にする可能性に間違いはない。いいえ、逆だ。前半はINTPに関する記述、後半はISTPに関する記述である。I_TPタイプでは"詳細/大局"が逆転しているようだが、感覚と直観は他の特性、例えばここではIとTとP、と結合した場合、寧ろ対岸のタイプに見られる傾向を帯びるのであろうか。だから直観と感覚は分からない。 | |
| 鼻の奥から咽にかけての付近が痛む | 2003年4月14日(月) |
| ひまじんネット | |
今日は曇。昨日夜、鼻の奥から咽にかけての付近に痛みを感じ始め、今に至っている。筆者は花粉症であり、鼻詰りの2次災害で負担のかかる時々鼻の奥から咽にかけての領域が痛むのは例年の事だが、今年は特にひどい。而るに飛騨高山では日本3大曳山祭りの1つ、日枝神社例大祭。岐阜県から愛知県にかけての一帯は、からくり人形の乗る山車の本場だ。さて写真の本はR.P.Pearman・S.C.Albritton著、園田由紀訳「MBTIへの招待」。MBTIに関する日本語の本はまだ少数だが、少し気になるのがMyersの解釈をそのまま引き継いでいる"正統派"と、Keirseyの流儀の影響を受けた"新派"との区別が、余り認識されていないように思える事。この2つの流儀は感覚と直観の区別のし方や典型的芸術家のタイプの解釈等で全く異なる見解を呈している。因みに「MBTIへの招待」は正統派に属している。だからMyersの「人間のタイプと適性」に比べ特に変わった事は出ていないが、以下のような記述は注目に値する。◆・・・ドロシーは彼女の今までの視座から抜け出し、新しく見聞きすることばかりの世界に送り込まれる(感覚機能)。そして、脳みそが欲しいと訴える案山子(思考機能)に出会い、心が欲しいブリキの男(感情機能)と遭遇、そして未来と向き合う勇気が欲しいライオン(直観機能)と出会って・・・ 直観と勇気の関連を指摘している。直観のこの側面は、感覚vs直観の型にはまった説明では決して出て来ないが、「MBTIへの招待」や「人間のタイプと適性」を注意して読めば随所に直観を勇気、胆力、度胸、決断力、自信と解釈出来る記述に遭遇する。そしてMyersは直観と知的関心の相関にも触れているが、それは心理学の問題と言うより社会学の問題であり、直観を勇気と受け取れば、マッチョが尊敬され、インテリがエッグヘッド呼ばわりされるアメリカに於いて周りの価値観に頼らず、自由に知的関心を表明出来るのは直観型である可能性が高い事にも、別の箇所で触れた。だから反知性的な直観型もいても不思議ではない。それはさておき、MyersはISFP(感覚を補助機能とする内向感情型)に関し、以下のようにその控え目さを指摘している。 ◆このタイプの人間は、いつも自分自身を卑下しやすい。おそらく、ISFPは最も控え目なタイプである。 EよりもI、TよりもFが控え目さに通じる事は至極尤もだが、最も控え目なタイプがISFPであってINFPではない事は、直観≒勇気とする解釈の傍証として受け取れる。しかしまた心理学の専門家への苦言だが、直観≒勇気とする解釈をもっと前面、即ち感覚と直観の説明の部分に出した事例はまだない。≒が正しいならば=、そうでないならば≠、と何故断言出来ないのか。 | |
| 平城宮跡 | 2003年4月13日(日) |
| ひまじんネット | |
今日は晴の暑い日だった。今日は平城宮跡からその周辺、即ち水上池付近を廻った。写真は平城宮跡、即ち奈良市中心街からやや西の地域にある昔の都の散策図である。朱雀門が復元されているのみならず、現在、大極殿の工事も行われている。平城宮跡は桜の名所でもあるが、もう散り始めている。
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| Naranjoの癖(その3) | 2003年4月12日(土) |
| ひまじんネット | |
| 今日は曇時々雨。昨日の答えはタイプ9。タイプ9は通常、出しゃばらず、急がない平和主義者のように見られているが、そのような傾向は昨日挙げたNaranjoのタイプ9の特徴はとは必ずしも符合しない。それに第一、Naranjoの特徴同士に矛盾が感じられる。先ず「繊細さや神秘性を犠牲にした生存と実用性に対するサンチョパンサ的関心」だが、実用志向の人間は非常に柔軟で活動的で、しかも凡そ主義であるとか主張であるとか言った世界とは無縁である筈だ。だから「融通の無さと偏狭」という表現は極端で非世俗的な理想主義のようで実際的人間が陥りがちな弱味ではない。まして「強い愛国心や所属への強い欲求への順応と保守的な思想」はどうだろうか。そうした世界に耽溺するるのは、現状と違った状況に憧憬を感じると言う意味でやはり実用性とは無縁な理想主義者である。これに対し実際的な人間は確かに反戦、平和、人権等の主張には与しないであろうが、それは逆の思想への共鳴を意味しない。単なるノンポリである。そしてNaranjoはタイプ9を外向型と解釈している。タイプ9はRisoとHudsonによると内向感覚型に近いし、またBaronとWageleによるMBTIとの比較では内向性と知覚的態度を呈するとされている。このような大きな違いに対し、誰もまともに取り組もうとはしていない。 | |
| Naranjoの癖(その2) | 2003年4月11日(金) |
| ひまじんネット | |
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今日は曇時々雨。昨日の答えだが、前半4つの◆はタイプ3、後半4つの◆はタイプ6。エニアグラムのタイプは決して少数の気質傾向にのみ着目する事では決まらないが、それでもやはり昨日の◆のような項目をして「論理」等の言葉からすぐ連想出来るタイプ以外を形容せしめている点に、Naranjoならではの特徴がある。それではこれはどうかな。 ◆・・・習慣と規則に縛られている。彼等は自己の均衡を維持する事に極めて高い関心を持っており、その結果、杓子定規とも言える程保守的で伝統に支配されている。慣れ親しんだ事、グループの規則、もしくは「物事がどのようになされているか」に対する過度のこだわりには・・・ ◆際立って能動的な気質の中でこうした認知の欠如に相応する特性は、「具象主義」と呼ぶことが出来、その表出形態は融通のなさから過度に現世的な態度に至るまで幅広い。それは繊細さや神秘性を犠牲にした生存と実用性に対するサンチョパンサ的関心であり、意外性と霊的なものに対して心を閉じる事である。 ◆内面性の喪失とそれに伴う諦観的な性格の組み合わせの結果は、親切で気楽な「俗世間」症候群となるが、これが極端になると融通の無さと偏狭になる事もある。 ◆・・・極端な外向性は体質に根差しているばかりでなく、その体質が内面的なものからの防衛的逃避のための支柱の役を果たしていると言うことが出来る。 ◆・・・つまり、強い愛国心や所属への強い欲求への順応と保守的な思想を持った、義務感の強い勤勉型である。 大まかに保守性、精神的な物を犠牲にした実用性、そして外向性が主たる傾向のようだ。これまた、そうした特徴からは想像出来ないタイプが実は正解だ。 | |
| Naranjoの癖 | 2003年4月10日(木) |
| ひまじんネット | |
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今日は晴。昨日、C.Naranjo著・柳朋子訳「性格と神経症」に関し少し触れた。それにしても実は、Naranjoは性格分析としてのエニアグラム(enneagram)の創始者であるO.Ichazoに近い位置にありながら、その解釈はRisoやPalmerを標準と認識する者の目には奇異に映る。例えば、以下のような記述からどのタイプを連想するだろうか。 ◆・・・合理的で実際的な人生の方向付けがあり、これは職業としてエンジニアを選ぶ人の人格に多く見られるものである。 ◆科学への興味を持つが、この性格には科学主義と呼んで良い独特の偏り、換言すれば演繹的でなく科学的でない思考法を軽視する傾向がある。 ◆・・・極めて特徴的なテクノロジーへの志向性の根が見られるのである。 ◆・・・理知的な技能が効率性に役立っていると考えられるが・・・また技術と技術主義への志向性として現れるのである。 ◆・・・通常この葛藤を論理的な体系、又は論理そのものに訴える事によって解決しようとする。 ◆・・・知的なタイプであるのみならず、最も論理的なタイプ、論理に貢献している人である。 ◆・・・潜在的哲学者である。 ◆・・・効率の悪さや行動上の問題は、抽象的、理論的な事への行き過ぎた志向性の結果であるが、・・・ どうやら知的傾向は効率を上げる場合も下げる場合もあるようだ。それはともかく、わざわざ奇異に思う点として出したのだから、「合理的」「(理)知的」「抽象的」「論理的」「科学」「技術」「テクノロジー」「哲学者」「エンジニア」からすぐ思いつくあのタイプでない事は確かだ。 | |
| Naranjoの癖 | 2003年4月10日(木) |
| ひまじんネット | |
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今日は晴。昨日、C.Naranjo著・柳朋子訳「性格と神経症」に関し少し触れた。それにしても実は、Naranjoは性格分析としてのエニアグラム(enneagram)の創始者であるO.Ichazoに近い位置にありながら、その解釈はRisoやPalmerを標準と認識する者の目には奇異に映る。例えば、以下のような記述からどのタイプを連想するだろうか。 ◆・・・合理的で実際的な人生の方向付けがあり、これは職業としてエンジニアを選ぶ人の人格に多く見られるものである。 ◆科学への興味を持つが、この性格には科学主義と呼んで良い独特の偏り、換言すれば演繹的でなく科学的でない思考法を軽視する傾向がある。 ◆・・・極めて特徴的なテクノロジーへの志向性の根が見られるのである。 ◆・・・理知的な技能が効率性に役立っていると考えられるが・・・また技術と技術主義への志向性として現れるのである。 ◆・・・通常この葛藤を論理的な体系、又は論理そのものに訴える事によって解決しようとする。 ◆・・・知的なタイプであるのみならず、最も論理的なタイプ、論理に貢献している人である。 ◆・・・潜在的哲学者である。 ◆・・・効率の悪さや行動上の問題は、抽象的、理論的な事への行き過ぎた志向性の結果であるが、・・・ どうやら知的傾向は効率を上げる場合も下げる場合もあるようだ。それはともかく、わざわざ奇異に思う点として出したのだから、「合理的」「(理)知的」「抽象的」「論理的」「科学」「技術」「テクノロジー」「哲学者」「エンジニア」からすぐ思いつくあのタイプでない事は確かだ。 | |
| JungとMBTIにこんな解釈も | 2003年4月9日(水) |
| ひまじんネット | |
今日は曇。写真はC.Naranjo著・柳朋子訳「性格と神経症」である。内容はエニアグラムのタイプの精神医学の視点からの解説だが、Jungの性格タイプとの関係も考察されている。以下、エニアグラムのタイプ/Jungのタイプ/Myersのタイプの対応を示す。◆タイプ1/外向思考型/ESTJ ◆タイプ2/外向感情型/? ◆タイプ3/?/ESTP ◆タイプ4/内向感情型?/INFJ・INFP ◆タイプ5/内向型全般・特に内向感覚型/INTP ◆タイプ6/内向思考型/ENTJ ◆タイプ7/外向直観型/INTJ ◆タイプ8/外向感覚型/? ◆タイプ9/内向感情型・外向感覚型/ISTJ・ESFJ NaranjoはJung派でもMBTIの信者でもないから、「MBTIはJungのタイプ論に基づいている」と言う予備知識(寧ろ偏見と言っても良い程かもしれない)に引き摺られる事なく、自由に異なる体系でのタイプ間の関係を考えているようだ。例えば内向思考型がENTJに、外向直観型がINTJになっている。これは実に尤もな事で、実際、Jungのタイプ論とMBTIとの間には、今まで何度か指摘したような不一致がある。MBTIの専門家も、もっと自由に、似たタイプは似ている、違うタイプは違うと断定して良いのではないか。 | |
| こんなに違う内向感覚・直観型(続き) | 2003年4月8日(火) |
| ひまじんネット | |
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今日は午前中雨、午後から曇。昨日の続き。MBTIの開発者I.B.Myersは、Jungと全く異なる内向感覚・直観型の解釈を示している。先ず、思考を補助機能とする内向感覚型(ISTJ)については以下の通り。 ◆ある文書課長は、仕事への完全な適性を持った3人のオペレーターを選んだが、その理由として、正確さ、持続力、集中力、そして社会的には陽の目を見ない仕事に満足出来る事を挙げている。3人とも際立ったISTJタイプの女性だった。 このようにISTJタイプは社会的に陽の目を見ない仕事も確かに得意だが、実はそれに留まらず、経営者や徹底的に完全主義の弁護士にもなれるタイプだ。要するに下から上まで勤まる現代社会の汎用人間。感情を補助機能とするISFJも負けてはいない。 ◆このタイプの一例として、勲章を2つ授与された将軍を挙げておこう。彼は良くバランスの取れたタイプで、様々の兵法家が挙げている軍人としての必要な資質を3つ具えていた。 「外に対してする事が実際にもお粗末」というJungの記述とは正反対の人物像だ。内向直観型も有能である。 ◆海軍のある訓練チームに群を抜いて優れた2人の幹部候補生がいたが、何れも内向直観型であった。思考を補助機能とする1人(INTJ)は、3学期間連続して大隊長に任命され、てきぱきとした有能な指揮官ぶりを発揮した。感情を補助機能とするもう1人(INFJ)は、学生組合が決める、3つの最高役員、つまり学生自治会会長、執行委員会議長、そしてクラス代表に選ばれた。 軍事は現代文明の典型だから、そういう方面に適性を有するタイプは外向思考型であろう、と想像しがちだがMyersによれば必ずしもそうではなく、Jungが「荒野に叫ぶ説教者」と形容する内向直観型が挙がっている。しかもMyersによると ◆科学研究者やデザイン技術者の中では、内向・直観型が最も多い。 とのこと。実際、理工学や神経科・病理学等医学の一部の分野に於いて内向直観型は内向思考型を超える倍率を呈している。そして芸術や人文科学、法学へも進出している。JungとMyersにはこのようにもの凄い差がある。しかし、Jung派と称されるグループも、MBTIやその他の心理モデルを研究している人々も、JungとMyersの差には全く無頓着である。皆無ではないが。前者にとってタイプ論はJungの著作の中では異例な程顕教的であるから(素人にとっては文学に見られるタイプの章等特に難解だが)「一段低いもの」として考察に値しない、と思っているのかも知れないし、後者はJungと聞いただけでその神秘性にたじろぎ1ページとて開かぬのかも知れない。 | |
| こんなに違う内向感覚・直観型 | 2003年4月7日(月) |
| ひまじんネット | |
今日は晴。夜には少し雲が出た模様。写真はC.G.Jung著・林道義訳「タイプ論」。MBTIの起源はJungのタイプ論だが、両者のタイプの説明は全く異なる。内向・外向はJungにとっては主として認識論上の類型であった為、日常的な語感に於ける内向・外向とかなり異なる点については以前に触れた。而るにここでの話題は内向感覚及び直観型。Jungは人間を外向型と内向型に分け、更にそれぞれについて思考型・感情型・感覚型・直観型があるとしているが、どうやらその時代の価値観に於いて最も望ましいタイプは外向思考型である。というのは、随所で内向型や非思考型に対する世間の誤解を指摘している箇所があるからだ。内向的な感覚型や直観型もそうした評価され難いタイプ。以下、この2タイプ(感覚と直観は非合理機能としての共通点を有する)に関する記述を抜粋する。◆外に現れるものがあるとすると、それは大抵どちらかと言うと無意識な劣等機能が間接的に現れたものである。このような現れ方のため、当然このタイプに対する周りの偏見が生まれる。その結果彼等は大抵過小評価されるか、少なくとも理解されない。 ◆このタイプにはまさに判断がひどく欠けているため自分で自分の事が分からないが、それだけにどうして自分が周りから過小評価されるのかも理解出来ない。即ち彼等は自分が外に対してする事が実際にもお粗末であることに気付いていないのである。 ◆外向的合理的な立場から見ると、おそらくこのタイプは凡そ人間の中で一番の役立たずということになろう。より高い立場から見ると、この種の人間は、豊かで活気に満ちた世界やそこから溢れ出て人をうっとりさせるような生気が、外界だけでなく内面にも存在するという事実の、生きた証人である。 ◆彼らには理性とそれがもたらす倫理が欠けている。しかし彼らの生き方は、われわれの文化から残念ながら失われてしまった、他の可能性を教えてくれるのである。 まるで西洋文明の極みを満喫した人間がインドへ行ったり、中国で老荘思想に触れたりした時に感じた事をそのまま書き綴ったように思える記述である。ところがMBTIの開発者I.B.Myersは「人間のタイプと適性」で内向感覚・直観型が寧ろ文明社会にかなりフィットしたタイプである事を、意図してかどうか分からぬが、述べている。Jungとは対照的だ。この続きは明日。 | |
| 桜ほぼ満開 | 2003年4月6日(日) |
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今日は晴で近所の公園や神社仏閣の桜もほぼ満開となった為ぶらぶら。 ★さすがに昼間は暖かくなりましたが、今年は昨年に比べやや寒く、夜には冷える場合もまだあります。 / lithium ( 2003-04-07 23:12 ) ★桜が咲く気温は同じだと思うんだけれど、なぜか本州方面の花見は暖かそうにみえるわね。こっちは夜桜見るなら防寒服がほしいくらいです。 / ねんねこ ( 2003-04-07 08:07 ) | |
| タイプ6のウィングの不思議 | 2003年4月5日(土) |
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今日は雨でしかも寒い1日だった。これまで3w4/5w6/9w1の描写に於いてはウィングが殆ど現れていない事に触れて来たが、それだけでなく寧ろ逆かな、と思う場合もある。6w5と6w7がそれだ。タイプ5は思省的、タイプ7は活発で未来志向だが、タイプ6に作用した場合、6w5は以下のようになる。 ◆政治的主張や社会奉仕といった分野に関心があり、往々にして、不利な立場にある人やグループの代弁をしたり擁護をします。 ◇刺激に反応しやすく、強く主張します。安全を脅かすと思しきものを責めたり、スケープゴートにしがちです。 6w7は以下のようだ。 ◆自己非難にも陥り、恐れを冗談や他人との絆で紛らわせます。 ◇個人的欠点や重要な人間関係についての不安により、鬱に至る事もあります。 何れも「エニアグラム---あなたを知る9つのタイプ」からの引用。◆は「健全な状態」、◇は「通常の状態」である。一目で分かるのは6w5が主張力に溢れている点。それから、6w7がずっと不安定で自虐的な点。しかしどうだろう、タイプ5と7を比較すれば、タイプ5は内面も含めた世界がどう機能しているか知りたいタイプ。タイプ7は快活で大胆、前向きの確信に満ちている。この2つの要素が共同体から自分信念まで守ろうとするタイプ6に作用すれば、何故、6w5が強気になり、6w7がソフトになるのか、不思議だ。 ところで又、スパムが来た。以下のスパムには連絡先が明記されているが、ここで出すと却って宣伝に加担する事になるから伏せる。なお、IPアドレスが2つ(210.165.16.2と219.112.102.198)出ており、前者がメールサーバー、後者が発信元のパソコンの可能性がある。 X-Status: READ X-From_: mido@yy-net.co.jp Sat Apr 5 00:25:33 2003 Return-Path: Received: from ws31.arena.ne.jp (ws31.arena.ne.jp [210.165.16.2]); Sat, 5 Apr 2003 00:25:30 +0900 (JST) Received: (qmail 18344 invoked by SAV 20030403.6); 5 Apr 2003 00:25:25 +0900 Received: from unknown (HELO COMPUTER2) (219.112.102.198) by ws31.arena.ne.jp with SMTP; 5 Apr 2003 00:25:25 +0900 Message-ID: Date: Sat, 05 Apr 2003 00:34:49 +0900 From: FJCの会 Subject: 未承諾広告※ 素敵な出会い MIME-Version: 1.0 X-Mail-Agent: Extra Japan @Mailer Content-Type: text/plain; charset=ISO-2022-JP | |
| 紅の豚から想像する事 | 2003年4月4日(金) |
| ひまじんネット | |
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今日は雨。今、TVで「紅の豚」をやっている。宮崎駿作品には(1)飛行機が多い、(2)飛行機を船と言う事が多い、(3)声の出演に声優よりも顔のある俳優を起用する、(4)似た様な人物が何度も登場する、と言う傾向が見受けられる。ところで「紅の豚」の時代設定は第二次世界大戦前のようだ。それから後、戦争中に於ける航空機の発達に大きく貢献した国はドイツである。ミサイルV2号や、Heinkelが終戦直前に実用化したジェット機は非常に有名で、これがその後の米ソの航空宇宙技術の基礎を形成した事は良く知られている。これに対し米英が出した成果はレーダー、コンピューター、そして核。非常に荒っぽい見方が許されるならば、前者は経験から積み上げる方式の機械工学、後者は基礎科学から演繹した、その当時としては新型のハイテクである。この違いをドイツ人と米英人の遺伝的な適性の違いと考えて良いかな。而るにドイツ哲学は観念論的、イギリス哲学は経験論的、アメリカ哲学はプラグマティズム、これも良く言われる。Jamesの哲学の分類に基づけば観念論は「軟らかい心」、経験論は「硬い心」の産物だが、プラグマティズムも「硬い心」の一派と解釈して間違いあるまい。そこでドイツと英米の戦時に発達した技術、それから哲学を比較するとどうだろう。筆者は「軟らかい心」から電子工学や核技術が産まれ、「硬い心」から機械工学が生まれるのが自然であると思う。勿論、例えば核技術に於いては理論よりもウランの濃縮の様な非常に現場的な要素技術が重要だった等、色んな反論は可能だが。 ★Debrisさん、今晩は。 今日(4/5)の関西地方は寒く、冬に戻ったようです。ところで豚、多いですか。今度機会があったら、良く注意して見てみます。なにしろうちの豆狸もこのままでは大豚ですから。 / lithium ( 2003-04-05 19:33 ) ★宮崎アニメーション映画には、必ずどこかに豚が登場するという話ですよ♪ / Debris ( 2003-04-05 03:38 ) | |
| エニアグラムに於けるウィングその4(9w1) | 2003年4月3日(木) |
| ひまじんネット | |
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今日は朝の内雨だったが、昼から曇のまずまずの天候。ウィングの描写に於けるその欠如への批判は、9w1で終えよう。RisoとHudsonはウィングを考慮した18タイプに綽名を付けているが、9w1は「夢見る人」となっている。筆者は先ず、この綽名に不審感を抱いている。そもそもタイプ9は初めから、いながらにして何処にもいない真の夢想家である。而るにタイプ1は良心的で(良心の中身が本当に良心的かどうかは別だが)、「さあ、夢から覚めて働こう」と考えるタイプ。従って9w1は半身で夢を見つつ、半身で醒めているタイプであるべきだ。勿論、タイプ1にも理想主義者として夢を見る面が多分にある。しかしRisoとHudsonは9w1に関し ◆・・・非言語的なコミュニケーションが得意です。 と述べている。少し勝手な飛躍が許されるならば、タイプ1の夢は本来、言語化可能な現実の目標だが、その遠さ近寄り難さ故に単に夢以上の適切な言葉のない理想状態に過ぎぬかも知れない。これに対し9w1の夢は非言語的であるから、空想、想像、イマジネーション、直観、直覚、感覚、ファンタジー、・・・等の概念と同じ向きを向いた、目的のない夢の中の真の夢である。それにしても9w1の何と非タイプ1的なことか。従ってRisoの描く9w1は、少なくとも健全なレベルではほぼ純粋なタイプ9に見える。ところが通常のレベルでの9w1の記述では ◆・・・自分の内面の世界に秩序を与える方法として外的秩序を欲しがります。 ◆社会的地位が気になり、多くの場合、違う階級や文化、ライフスタイルに対して道徳的優越感を持ちます。 ◆厳格さや潔癖さ、礼儀正しさ、完全主義的なところ・・・ といった具合にタイプ1の断片が明確に現れている。丁度この記述は、健全な状態ではウィングを持たぬが如くであるが通常の状態ではウィングを感じさせる〜但し非常に僅かだが〜3w4の説明を思い出させる。もっと9w1のタイプ1的な面を、健全度によらず、描けぬであろうか。 エニアグラムの話題はここまで。昨日、スパムが来た。以下はそのヘッダー。 X-From_: info@orient-sky.com Wed Apr 2 13:31:40 2003 Return-Path: Received: from orient-sky.com (pl563.nas922.te-fukuoka.nttpc.ne.jp [210.165.111.51]); Wed, 2 Apr 2003 13:31:39 +0900 (JST) Received: (from info@localhost) by orient-sky.com (8.11.6/8.11.6) id h324Xuv19406; Wed, 2 Apr 2003 13:33:56 +0900 Date: Wed, 2 Apr 2003 13:33:56 +0900 Message-Id: From:5億9千万円証拠有ビックチャンス Subject:未承諾広告*3億円への一歩 MIME-Version: 1.0 Content-Type: text/plain; charset="iso-2022-jp" Content-Transfer-Encoding: 7bit このようなヘッダーでは、210.165.111.51が発信元のパソコン又はサーバーのIPである可能性が高い。福岡からだろうか。因みに210.165.111.51の組織名(プロバイダと思っていいだろう)はInfoSphere(株式会社NTTPCコミュニケーションズ)だ。 ★早速修正しました。 / lithium ( 2003-04-07 23:13 ) ★ウィングがあって無きが如しの更新年が’02になってるよん♪ それから、「綽名表」の2行下、「プロフェッショナル」が「プロ”ゲ”ッショナル」になってます。一応の突っ込み、ごめんね♪ また読みに行こう!(^▽^)v / Debris ( 2003-04-06 23:57 ) | |
| エニアグラムに於けるウィングその3(5w6の続き) | 2003年4月2日(水) |
| ひまじんネット | |
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今日は雨。昨日、5w6の別称として「知識人・文化人」を提唱した。勿論、知識人・文化人が常に5w6ではないだろうし、まして多くの5w6が知識人・文化人になるとは思えない。それを承知で敢て「知識人・文化人」とした理由は、Risoが「性格タイプの分析」に於けるタイプ4と6の違いを述べている所にある。Risoはタイプ4に関し ◆・・・自分の感情等の主観的な私的状態を探求して我が道を行く個人主義者である。タイプ4の芸術作品は、伝統への追随や反発に関わる事はずっと少ない。 と、基準を個人に置く意味での個人主義を強調し、一方タイプ6に関し ◆タイプ6の芸術に良く見られる主題は、帰属、安全、家族、政治、国、共有価値等に関したものである。 と、発想法に於ける集団性を指摘しているから、「芸術」を営為一般へ拡大解釈する事が許され、且つ上述のような違いがそのまま5w4と5w6の違いにもなるならば、5w4の傾向は5+4として自然に理解できる。しかし5w6に於いて帰属、安全、家族、政治、国、共有価値等に関したものに向かう要素が増えるならば、5w6も5w4と並んで分析的で体系的な思考から想像力を活用する側に傾く結果、科学や技術について考えるよりも時事問題やマナーや社会的価値観について語り始める、と考えるのが自然である。こうした意見は、アメリカ、例えばhttp://www.9types.com/で発表すれば大受けしそうである。しかし筆者自身が己の意見に矛盾を感じている。それは何と言っても、知識人・文化人らしい人物像は5w4にも5w6にも見受けられる為だ。RisoとHudsonが「性格のタイプ」で挙げた中ではKarl Marx(5w6)のみならずJean-Paul Sartre(5w4)も知識人・文化人と言って間違いなかろう。それから実はタイプ5以上にタイプ1こそが「知識人・文化人」に相応しい為でもある。実例の中では、Noam ChomskyやWilliam F. Buckleyは知識人・文化人だろう。 ◆理想主義者、政治・社会の革新者、改革運動者、大義を掲げる人になり、自分自身にも他者にも果てしなく改善を追求するように熱心に勧める。 これは「性格のタイプ」に於けるタイプ1(通常の段階)の描写の1部。タイプ6はそこまで理想の為の頑固な理想主義的は持たない(タイプ6の大義は仕事や生活で接する範囲に留まるから、精神の仰角は高くない)し、ましてタイプ5に理想主義は似合わない。ところで5w6に於けるタイプ6の部分の少なさは、その情緒の欠如からも感じられる。「エニアグラム--あなたを知る9つのタイプ」で唯一、5w6に人間味を感じる部分は ◆協力的 ◆・・・人生の重要な人物に強く同化します。 と言うタイプ6がもたらした断片のみに過ぎない。しかしどうだろう。ウィングとしてのタイプ4がタイプ3に、またタイプ6がタイプ7にどんな色を塗ったか思い出せば、ウィングとしてのタイプ6の作用がタイプ4に比べ人間味に於いて希薄、とは思えない。だからもっと5w6に於いても感情的な側面が描かれねばならない。次は9w1を俎上に乗せよう。 | |
| エニアグラムに於けるウィングその2(3w4の続きと5w6) | 2003年4月1日(火) |
| ひまじんネット | |
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今日は曇後夜には雨。昨日の続きだが、タイプ3は"心センターのタイプ"の一員であり、価値のある者として他人に受け入れられたい欲求を有しているが、そこで採用される手段は有能さを印象付けるような合理的な手段である場合が多く、その分タイプ3はどうしても"心"と言う言葉の印象とは正反対の外面的特徴を呈しがちである。従って、同じ"心センター"のタイプであるタイプ2もタイプ4も、タイプ3へウィングとして作用する場合には、封じ込めてしまった心との接触を復元する効能を有しているべきである。しかしRisoとHudsonのウィングを考慮したタイプ3の描写を見る限り、そのような効能を発揮しそうなのはタイプ2の要素だけである。3w4のタイプ4らしさと思しき部分は ◆自信のなさ ◆非社交的 ◆自意識過剰で自己卑下 といった通常の段階で現れたマイナス面の断片のみである。健全な状態では恰もウィングが消えたが如くである。これが妥当か。日々の仕事の面では多少マイナスであっても、当人にとって大きな精神的成長をなし得るような側面は描けぬであろうか。3w4の人物像としては、3w2並みにウィングの存在が段階に拠らず明瞭に現れていて、且つ上述のように相違点だけでなく、3w2・3w4共通の傾向としてどちらも純粋なタイプ3に比べれば遥かに自身の感情への良好な接触を保つであろう側面が描かれているべきではないか。似たようなウィングの不自然な弱さは、5w6・9w1の描写に於いても感じられる。5w6の興味関心の方向の面から始めるが、5w6はRisoとHudsonによれば ◆秩序だった詳細な観察により、種々の事実から意味の有る結論を引き出し、それに基づいて予測を立てる事が出来ます。 ◆・・・最も純粋に知的であると言えます。彼らは、理論や技術、事実や証拠の獲得に関心があります。 等と描かれている。しかし、そういう描写から筆者が感ずるのは純粋な5かそうでなければ1であり、特にタイプ5がタイプ6との混合によってやっと初めてそうなる、とは信じ難い。RisoとHudsonは5w6を「問題解決者」と称しているが、筆者はこれに代わる「知識人・文化人」を一応、提唱する。知識人とは字句通りに英訳すればintellectualとなるが、ここでの知識人とは専門家、学識経験者、達人等と言う語を避けつつ、敢て知識人と称する場合の知識人、即ちintelligentsiaである。文化人とはintelligentsiaとしての知識人に似ているが、専門性の面でさほどではない者。タイプ6はRisoとHudnsonが「忠実な人」と名付けたタイプだが実際には自身の外に安全や支えを常に求めており、それ故に忠実にもなれるが信頼出来ない外界(例えば狡猾な権威者)に対しては反抗的にもなり得る。唯単に忠実なのは寧ろタイプ9だ。従ってタイプ5へタイプ6がウィングとして混合した場合、自然に想像可能な人物像は集団的な価値観に関心を向けるがやや一歩引いて憑依される事なく分析する者である。しかしその分、論理的な好奇心にのみ訴える対象物、典型的には科学や技術、に自発的な関心を持つ可能性は低くなると見做すのが自然である。但しウィングとしてのタイプ6は、タイプ5をして「らしからざる」方向へ引く力に於いては、ウィングとしてのタイプ4に敵わないのかも知れない。ところで"一応"を付加したのは筆者自身にとってこれがまだ最良の答えではない為。何故そう考え、にも関わらず最良には至らぬと判断しているのか、この続きは次。 | |