2003年10月
ここでは"祭りの写真/心理学の日記"と題して2002年12月から開始したひまんじんネットの日記の過去ログを提示する。対象となる期間は2003年10月。
| 疲れた | 2003年10月31日(金) |
| ひまじんネット | |
今日は晴だが、ここ数日帰宅が遅くなり疲れている。だから"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"の話の続き(MBTIとの比較やFRの分析を行う予定)も一向に進まない。左はJRの沿線案内。祭・イヴェントや、この時期に相応しい紅葉の情報が出ている。ところで最近のInfoseekの動きだが、筆者も利用している無料ホームページの小窓式広告が廃止になった。cgi利用可能で50MBと大容量だから、めでたし、めでたし。他にバックグラウンドで動いているサーチエンジンとしてGoogleが採用されている。
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| 疲れた | 2003年10月30日(木) |
| ひまじんネット | |
今日は晴。左は"生駒満喫"と題された案内だが、その中身は生駒山近辺のハイキングコースの載っている"いこいこまっぷ"の宣伝。生駒山は大阪府と奈良県を隔てる山塊。筆者が行った事のある生駒山周辺と言うと、枚岡神社(秋郷祭で多数の太鼓台が登場)だけだ。それにしても疲れたから、また"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"の話はまた延期。明日も疲れたら延期かも。
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| 疲れた | 2003年10月29日(水) |
| ひまじんネット | |
今日は晴。左は京福電鉄沿線の秋の観光案内(京都の北野・嵯峨野・嵐山方面)。もうすぐ紅葉の季節だ。それにしても疲れたから、また"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"の話は延期。
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| スパム | 2003年10月28日(火) |
| ひまじんネット | |
今日は晴だったが、午後一時的に雨。疲れた。昨日発表となったシグマSD10だが、どうも以前のSD9に比べシャープでないらしい。違いらしい違いと言えば受光素子であるFoveonのマイナーチェンジ位だが、これと何か関係があるだろうか。左は天理ウォーキングフェスタ2003の案内。脚力に合わせ、8kmから21kmまでのコースがあるが、何れも夜都伎神社や芋掘りの出来る天理観光農園を経由して石上神社に至っている。残念ながら筆者は天理市、それだけでなく桜井市の北半分も含む所謂"山辺の道"と称される一帯へは、未だ行っていない。ところで以前使っていたフリーメール24i.netがなくなって以降、筆者は新たなフリーメールアドレスをホームページに出しているが、ついにスパムが着弾。IPアドレス61.206.125.30は(株)インターリンク又はデジタルインフォメーションテクノロジー(株)の回線、220.97.21.91は言う迄もなくNTT系プロバイダーであるOCNの回線だ。前者はメールサーバー、後者はホスト名=003である発信者のパソコンに繋がっていると思われる。 X-Apparently-To: 27 Oct 2003 11:47:18 +0900 (JST) Received: from 61.206.125.30.user.ip8.il24.net (EHLO localhost.localdomain) (61.206.125.30) with SMTP; 27 Oct 2003 11:47:18 +0900 (JST) Received: from 003 (p4091-ipad69marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp [220.97.21.91]) by localhost.localdomain (8.12.5/8.12.5) with SMTP id h9R33xQJ018331; Mon, 27 Oct 2003 12:06:56 +0900 Date: Mon, 27 Oct 2003 12:06:56 +0900 Message-ID: <155901c39c34$a518bc40$0400a8c0@003> From: "info" <hotinfo@hothot.info> Subject: 未承諾広告※ 関心の無い方には大変ご迷惑をおかけ致しますが削除下さい。 MIME-Version: 1.0 X-Mailer: Microsoft Outlook Express 6.00.2800.1158 X-MimeOLE: Produced By Microsoft MimeOLE V6.00.2800.1165 Content-Type: text/plain;charset="iso-2022-jp" X-Content-Transfer-Encoding: quoted-printable | |
| シグマSD10発表/THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN(その8) | 2003年10月27日(月) |
| ひまじんネット | |
今日は晴。ニコンがD2Hでもたもたしている間隙を突いて、シグマが現行デジ一眼のマイナーチェンジであるSD10を今日、発表。11/14発売予定。価格はオープンだが、今時20万では売れないから14万以下か。謳い文句に"1029万画素"とあるが、これは非良心的な表示だ。つまり、赤・青・緑各343万画素の合計数が1029万画素である。而るにレンズの解像度表記では、100本/mmの解像度は白黒・カラーを問わず100本/mmだ。だからSD10の本来の画素数は343万画素。どうしても他社に対する優位性を示したいならば、例えばニコンD100やキヤノンEOS10D等通常の600万画素の機種の内訳は赤150万画素、青150万画素、緑300万画素であるから、その厳しい側の数値を採って150万画素に過ぎぬ、とでも主張すべきだ。なお同時に2本のデジサイズに合わせたズームレンズ(18-50/3.5-5.6・55-200/4-5.6)も発表。さて左は橿原考古学研究所穂族博物館の秋季特別展"カミによる水のまつり"の案内。即ち、南郷大東遺跡(奈良県御所市)で発見された古墳時代中期の導水施設とこれに関わる祭祀物に関連した展示である。えーっと、"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"の話しも、もう8回目だ。"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"によれば昨日のMBAと同様、電気技術者はFL+BLでFL優位、而るに10/15に述べた様に化学技術者はFL+FR、それから地質学者はFR優位だ。因みにここでの地質学者とは、要するに山師。だから確かに起業者とも符合する。こうして見ると筆者(理科系人間だが上記の何れでもない)の感じだが、論理的な世界から経験と勘の世界に向かうに従い、FLを軸としてBLからFRに向かう傾向が窺える。それから"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"では以下の様な記述がある。 ◆FL+FRで内向的な者は、研究所で働く科学者である事に満足している。 ◆科学技術の天才(内向的なFL+FR)がその優れた研究によって管理的な地位(FL+BL的な仕事)に引き上げられたとしても、またもとの研究に戻りたいと思うかもしれない。 ◆FR派の科学者がFL+BL的な思考を必要とする地位に引き上げられた時、問題が生ずる。シェル、デュポン、スタンダードオイル等では科学者を管理的な地位に引き上げているが、それは嘗て非科学者をその地位に就けた際、科学者の尊敬と協力を得られなかった為だ。だがその対策の結果は芳しい物ではない・・・。 "THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"は科学者と技術者を明瞭に区別している。科学者は起業者と似ているとは思えぬが、それでもFL+FRかFR派の様だ。こうした分かり難さは外向・内向の違い認めながら、渋々としか触れていない"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"の欠点だ。だから他にもFLについてならば一方では数学や機械と述べ、他方では指導的だと言う様な、Hollandの職業興味モデルの視点では支離滅裂な事をやっている。そこを乗り越えて進んでも、電気技術者に比べ化学技術者や地質学者が科学者に近いともなかなか思えない。何故ならば、電気技術==化学技術==地質学の順で論理から経験と勘の比重が増している様に思えるからだ。ただ筆者のうっすらぼんやりとした印象では、"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"に尻尾を振るならば、電気系に限った中では半導体デバイス関係で真空装置がどうとか、温度がどうとか、○×ガスがどうとか、要するに化学的な泥臭い技術者は論理的でスマートなシステム関連分野の技術者よりも却ってアカデミックな基礎科学者に近い気がする。これがFL+FRとFL+BLの差か。明日は、気が向けばFL+FRの傾向にもう1度(外科医の説明で当てたが)MBTIの光を当てよう。 | |
| THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN(その7) | 2003年10月26日(日) |
| ひまじんネット | |
今日は晴。キヤノン、シグマが新しいデジ一眼をもうすぐ発表する、と言う噂が流れている。キヤノン新製品はEOS-1Dと10Dの中間的な機種。シグマ新製品はEOS Kissに対抗する機種。左は、鑑真和上来朝1250年を記念した唐招提寺の校倉(国宝)の公開の案内。唐招提寺は近鉄西の京駅から北へすぐだが、特別な事情がない限り急行は止まらない。そこで筆者は西大寺駅で降り、秋篠川沿いを南に歩いて行った事もある。さて"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"だが、10/20・23に触れた(FLの要素の少ない)地味なBL派とは対照的にFLを主、BLを従とする者は出世派だ。こんな記述がある。 ◆財務に関わる分析、決断、問題解決を行う者。MBA・CPA・会計士・財務担当役員等、に必ずしも限定はされないが、どう金を運用するか、即ちどう儲けるかに関心を集中しいている者。 財務ばかりではなく、組織の様々な意思決定の中枢で働くエリートも似た様なタイプだと考えて間違いあるまい。こうした者は仕事の攻めの面でFLの要素を存分に発揮しているだろうが、筆者の関心はそうした地位を獲得する迄の雌伏時代をどう過ごしていたかにある。つまり余り若い頃からFL的であり過ぎれば生意気な成り上がり者と見做されるから、次位の強みであるBLを前面に出しつつ生きて来たかもしれない。 FR派にもビジネス界の出番はある。 ◆空間的なFRと分析的なFLを併せ持つ者にとって、ビジネスでの満足出来る選択肢は多い。社長になれるかもしれないし、FRを優位とするならば起業者になれるかもしれない。何れにせよ、FR派にとって、新しいやり方を考えたり、目標をはっきりと視覚化したりする事は満足出来る事である。 こうしたタイプの長所は、そのまま短所と一枚岩だ。 ◆起業者にFR派が多い事から、何故そうした者がリスクを受け容れるか考えよう。それは簡単、FR派は成功を生き生きと思い描ける分だけ、殆どリスクには気付かぬからだ。この様な傾向は、起業者に於ける判で押した様な計画感覚の欠如や、仕事を完成させる迄に必要な時間を予測する事の困難さとも同根である。 ◆FR的な思考を行う者はそうでない者よりも未来を予測したり、新しい製品や計画を考案したりする事には優れているが、その反面皮肉にも実行に際して必要な時間を計算出来ない。即ち精神的な遠視であり、目前の物を見る事が出来ない。 身近にこうしたFR派(特に上司)がいると、裏付けに欠けた夢ばかりを押し付けるから、日々の職責をこなさねばならない部下にとっては迷惑この上ない。だがそうした夢のある意味尻拭いをしっかりやってくれるBL派もいれば、状況は大きく好転する。例えば本田宗一郎と藤沢武夫のペアはそうした組み合わせだろうか。 ここまでで筆者が感ずる事だが、10/20のBL派は堅実、10/23のBL型管理者はやや活発、今日のFL+BL派やFR派、特に後者は非常に活発な人柄に見える。"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"は外向・内向の違いがある事を知った上で、敢て簡単さのためこれを捨象しているから、Fの要素と外向性、Bの要素と内向性が重なって見える感じについてどうのこうのとは言っていない。明日は気が向けば、あからさまに内向的、とはされていないがビジネス界の者に比べれば内向的に見えるなFL・FR派に触れよう。 | |
| 疲れた | 2003年10月25日(土) |
| ひまじんネット | |
| 今日は晴。三重県上野市では山車の祭があったし、京都府木津町では太鼓台の祭があったが、疲れた為断念。 | |
| 疲れた | 2003年10月24日(金) |
| ひまじんネット | |
| 今日は晴。疲れた。 | |
| THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN(その6) | 2003年10月23日(木) |
| ひまじんネット | |
今日は薄曇の寒い日。左は"大和路まほろばツーデーウォーク"の案内。38kmから6kmまで8つのコースがあるが、何れも目標は平城京跡。しかしただ歩くだけなのに参加費が要る。さて掲題の"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"の話題を続ける。10/20の事務員タイプに比べれば遥かに冷徹だが、それでもやはりFLではなくBLの領域に属する者がいる。◆単調な手続き型の仕事をこなす者の上役:現場管理者や初中級の管理者、こうした管理者には期限を重んじ、仕事の成績や結果を全て確立された基準に合致させる事が期待されている。 "THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"は続ける。 ◆生涯の仕事としての下位の管理業務に惹かれる者は、成長拡大に関与したり、問題を解決したりする事よりも、一定のやり方を維持する事に自然と心を向けている。お分かりのように、こうした者は基盤確立型・手続き型の思考を強く望んでいる。過去、こうした役柄は仕事の流れが止まらぬ様にする、つまり例えば組み立てラインを動か続け、労働者を計画通り作業に向かわしめる権限として始まった。このような役柄にあっては決められた通りに働く事が要求されるが、実はそれだけではなく、寧ろそうした仕事を指揮する事が最も重視される。即ち一定のやり方に留まる事、個人的問題に惑わされぬ事、そして物事を進歩させようとは思わぬ事が要求される。 10/20の事務員タイプに似ているが、こちらの仕事には指揮命令の要素が含まれている。しかし決められた手順に従う事が重視される点ではやはりBL的な学校の勉強に似ている。 ◆これと対照的にFの要素のある者、特に分析的なFL派は初中級の管理業務を通過点としか思わない。お分かりの様にこうした者は生まれながらの交渉上手であるから、「林檎と蜜柑を区別出来る」能力とも相俟って、組織の階段をぐんぐん登る。 まさにFL派は出世タイプだ。但し"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"は明瞭には言っていないが、FL派にも外向型と内向型がある事は認めているから、出世に有利なタイプは外向的なFL派、と見做すべきだ。因みに筆者は内向的なFL派と自己診断しているから、出世とは無縁だ。右脳派つまりFR・BRはもっと不満を抱く様だ。 ◆初中級の管理職の地位にある右脳派も、元々関心の行き届き難い手続きの世界には不満を抱く。そしてBR派ならば他人とのおしゃべりで時間を潰すし、FR派ならば必要の有無に関わらずどう違ったやり方でやれるかと考え始める。 FR派の"どう違ったやり方でやれるか"と言う関心は職責によっては強く求められる場合もある。しかし決められた手順通りの仕事での高い評価が先行しなければ、新しいやり方を進言する地位には辿り着けない。逆に決められた手順に従う能力で評価された者がまさしくその評価故に不向きな改善工夫への要求に曝される場合も、頻度的には少ないだろうが、ないではない。これまた社会の閉塞感の要因の1つだ。 | |
| Nikon D2H発売延期 | 2003年10月22日(水) |
| ひまじんネット | |
今日は曇後晴。左は大和七福八宝巡りの案内。七福八宝のある社寺は大神神社(七福倍増)、信貴山朝護孫子寺(家門隆昌)、当麻寺中之坊(家庭円満・子宝)、久米寺(長寿延命)、子嶋寺(財宝)、おふさ観音(商売繁盛)、談山神社(開運出世)、安倍文殊院(愛嬌結縁)だ。因みにこの裏面は大和十三仏巡りの案内になっている。13の仏閣とは宝山寺、西大寺、安倍文殊院、長岳寺、金剛山寺、当麻寺中之坊、新薬師寺、おふさ観音、長弓寺、霊山寺、信貴山玉蔵院、円成寺、大安寺だ。この内筆者は久米寺・談山神社・安倍文殊院・西大寺・新薬師寺・霊山寺へは行った事がある。それから話は変わるが、Nikonの最新デジ一眼であるD2H発売が11月下旬に延期になっている。やれやれ。延期と言えば今日こそ"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"に関し、どうやら直観的であるし感覚的でもあるFRに関する考察を進めようと思ったが、疲れたので延期だ。一応ヒントを挙げると、FL+FR的な科学研究にあってもそう言う部署の管理者にはBL的な能力が要求されるから、科学思考の者は昇進に伴って士気を失う場合がある。だがこれと似た現象が、MBTIの系統に属する"Please Understand Me II"にも出ている。
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| 疲れた | 2003年10月21日(火) |
| ひまじんネット | |
| 今日は雨。疲れた。 | |
| THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN(その5) | 2003年10月20日(月) |
| ひまじんネット | |
今日は晴。左は天川村もみじ祭の案内。もみじにも随分、種類がある。さて学校の勉強に強い子供を運良く授かったならば、親はどんな将来像を思い描くだろうか。医者、法曹、中央官庁や大企業の幹部等がその典型だろう。そこで"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"を見ると、そうした世界は基本的にFLと深く関係している。即ち医者は分野にもよるが大体FL+BLかFL+FR、日本語に訳すとどんな種類の法律家か分からぬがともかくLawyerはFL+BL、サラリーマンの中ではエリートと言える銀行員はFL+BLでBL優位、MBAは逆にFL優位。上級公務員も似たタイプと思って間違いないであろう。而るに学校の勉強はBLとBR、特に前者と関係している様だ。 ◆・・・最も注目され発達の機会を与えれているモードはBLだ。 ◆・・・学校がBL的である理由は、学校で働く者、即ち一般教員から校長までがB的な思考を行う者だからだ。従ってこうした者にとってF的思考を教えるのは容易ではない。 ◆F的思考を行う者は滅多に学校教員にはならない。何故か、その理由は明白だ。FL派は論理に基づいて難しい決断を行う事に惹かれる。FR派は多様なリスク、創造や革新の機会を望んでいる。しかしこうした要素は通常の教育の場面では発揮出来ない。大半の教育とは、BR的な対人技能によるBL的な順序だった情報の伝達である。 ◆B的な子供、特にBL派にとって学校は快適である。これに対しFLに寄った子供にとって学校は退屈の経験場所である。だからFL派は、自らと比較し教員を愚鈍とさえ思っているが、分析力に恵まれているから学歴の価値だけは理解している。 意外だが学校では、外の実社会の主流と思われるFL派は必ずしも与党ではない。そしてFR派はもっと恵まれない位置にある。 ◆FR寄り、或いはFR+BRの子供にとって学校は落ちこぼれの烙印や低い評価の元凶だ。こうした子供達は言語や読み方の面では学習能力欠如と見做される。更に高卒の学歴の価値を理解するだけの分析力にも欠けている。だから落ちこぼれる。ワシントン・ウイスコンシンでの調査によれば、中退者は芸術に卓越しており、しかもダンス、音楽或いは演技にも優れている。 こうして見るとBL派、特にBR寄りのBL派こそが学校に於ける最も恵まれた存在だが、BL派の職業上の傾向はFLが乏しい場合、必ずしも学校秀才の世間的イメージとは一致しない。"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"の別の箇所でそうしたタイプが多く見られる職業分野をこう述べている。 ◆整理された、正しい、時間に沿った様式で秩序付けられた情報を管理する者:簿記係・事務係・記録係、その他日々の仕事が円滑に進むのに必要な情報を扱う者。こうした者はMBAが行うような診断・規定の要素のある仕事には惹かれない。BL派であるから書類をきちんと整理してすぐ引き出せる様にしたり、帳簿の収支をきちんと付けたり、月毎の報告の準備を行ったりする事で満足する。正確で注意深いから、MBAや会計士にデータを提供する決まりきった単調な仕事に困難を感じない。 こうしたバックヤード型業務を行う者がいてこそ、社会は滞りなく動く。そして学校の勉強は基本的にルーチンワークだから、こうした業務と酷似している。だから技能つまり"才"に着目すれば、学校秀才程そうした業務に惹かれる筈だが、それでは何を求めて故一生懸命勉強したのかと言う"魂"の面では寧ろ逆だろうし、それに今時"バックヤード型業務志望"ではなかなか雇ってもらえない。今の社会の閉塞感はある面、こうした才と魂の不一致に起因しているかもしれない。 | |
| 宇太水分神社秋祭/北海道缶詰 | 2003年10月19日(日) |
| ひまじんネット | |
今日は晴の休日故、10/7の日記で紹介した奈良県東部の菟田野町の秋祭を見物。場所は近鉄榛原駅から菟田野行きバスに乗り、岩崎橋下車、徒歩5分の宇太水分(みくまり)神社。昼前から小さい子供太鼓台、その後から6台の大型太鼓台が威勢良く神社境内で走り回る。その後から5km奥に入った所にある惣社水分神社の神を乗せた古式ゆかしい神幸行列が。因みに昨年の今頃は、東吉野村丹生川上中社の秋祭へ行った。さて左は先週、仕事で北海道へ出張した際空港で見つけた熊・鹿・トド・アザラシの缶詰。10年近く前、アザラシ以外の缶詰を食べた事があり、鹿だけが普通の肉らしいのに対し、熊等は徹底して煮炊きした缶詰味だった事を覚えている。なお、筆者のホームページへのアクセス数が今日、20000を越えた。訪ねて来て頂いた方々に感謝する。
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| 疲れた | 2003年10月18日(土) |
| ひまじんネット | |
| 今日は晴。日頃の疲れが出て、ゴロゴロ。 | |
| THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN(その4) | 2003年10月17日(金) |
| ひまじんネット | |
今日は晴。左は山の辺の道クイズラリーの案内。"山の辺の道"とは天理から桜井に至る古道であり、沿線の大神神社、長岳寺、箸墓古墳等は有名。さてまた"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"の話題を続けるが、終わりのほうで他の類型論との相関を明らかにしている。例えばJungとの相関は以下の通りとなっている。思考=FL 感覚=BL 感情=BR 直観=FR 確かにそう見える。少なくとも思考とFL、感情とBRの対応は尤もらしく見える。しかしJung類型論の派生物であるMBTIや、そのまた派生物であるKeirseyの流儀では、FRのある部分は外向的な感覚を持ったタイプ(SP)に相当する。"Please Understand Me II"でKeirseyはSPタイプを以下の如く形容している。即ち ◆・・・適応力に恵まれ、芸術的で、スポーツマンで、現実を良く知っていて決してこれと争わず、開放的な心を持ち、目前の事物を見逃さず、必要な時には妥協し、瞬間瞬間で必要な事を見抜き、使える事実を集め、寛容で、易きに流れ易く、偏見を持たず、説得力に秀で、色・線・模様に対する鋭い感覚を持ち・・・ と言った具合だ。またSPは楽天的なタイプでもある。だから、SPの傾向からFL+FRとされる科学研究者は想像出来ないが、芸術やスポーツは非常にFR的な活動である。しかしSPはSつまり感覚型の一種にも関わらず、BLとは全く似ていない。BLは寧ろ、内向的な感覚を持ったタイプ(SJ)に近い。 ◆・・・保守的で、一貫していて、頼りになり、詳細を重んじ、事実志向で、勤勉で、苦痛に耐え、忍耐強く、継続的で、単調な作業に強く、常識人であり、安定していて、徹底主義で・・・ これはKeirseyのSJの描写だが、MBTIの考案者であるMyersの"思考を補助機能とする内向感覚型"つまりISTJの描写もBL的だ。 ◆・・・また速記者としても理想的である。ある文書課長は、仕事への完全な適正を持った3人のオペレーターを選んだが、その理由として正確さ、持続力、集中力、そして社会的には陽の目を見ない仕事に満足出来ることを挙げている。 従ってFR・BLは共に感覚を外向させるか内向させるかの相違であり、必ずしも前者が直観的とは限らない。但し"Finding Your Strong Suit"の様にFRとBLを知覚と判断に擬えるのは行き過ぎの様に思う。IN_JはそんなにBL的ではないからだ。 またA.Gregorcの学習スタイルとの関係は以下の通り。 抽象的且つ逐次的=FL 具体的且つ逐次的=BL 抽象的且つ非逐次的=FR 具体的且つ非逐次的=BR ここでの問題はFR・BRの対応であり、Gregorcは"抽象的且つ非逐次的"を他者への配慮(KeirseyのNF的)、"具体的且つ非逐次的"を自由で柔軟な発想(KeirseyのSP的)として扱っているから、寧ろ 抽象的且つ非逐次的=BR 具体的且つ非逐次的=FR とすべきである。上記2つ以外の疑問点も多く、類型論同志の相関はそんなに運良くすっきりとは定まらない事がここから想像出来る。 | |
| THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN(その3) | 2003年10月16日(木) |
| ひまじんネット | |
今日は晴。左は宇治十帖、即ち宇治市の平等院や県(あがた)神社がある一帯でのスタンプラリーの案内。さてまた"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"の話題を続けるが、当然乍らFLの正反対はBR、BLの正反対はFRだ。だから例えばFLとBLは両立し易い。"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"では会計士やMBA、法律家の典型はFL+BLだし、秘書はBL+BR、資源の在り処を言い当てる地質学者や昨日触れた分子構造を心の中でぐるぐる回転させる化学者、研究志向の科学者、そしてこれとは対照的な起業家はFL+FRだ。だがFR+BLなる組み合わせもある。それはジャーナリストや図書館員。FRとBLはまるで逆だが、ジャーナリストの仕事が変化に富んでおり、しかも順を追って一歩一歩進む様な形での報告業務から成り立っている事を思えばあながち変ではない。図書館員は常に新しい情報に接すると共に、これをきちっと決められたやり方で整理する。しかしFL+BRと言う組み合わせは見られない。FR+BLよりも遥かに起こり難いのだろうか。筆者の個人的印象を述べれば、FRとBLはFLとBR程には対立的でない様に思える。と言うのは、FRもBLも徹頭徹尾(論理と対立する意味での)経験に根差しているからであり、もっと単純化するならば人間は に先ず2分され、且つ後者は に細分化される様に思えてならぬからである。その理由だが"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"によればFL型思考の特徴は ◆本能的であるよりも概念的。対象を深く考え、決断し、その実施を他者に指示する。情報を鍵となる概念に従って整理し、そうする事で1つの領域から他の領域への観念の転移乃至応用を容易ならしめる。どんな状況にも何らかの指導原理がある筈だから。 となっていて、非常に分析的。而るにBL型思考は ◆概念的であるよりも本能的。観念や人よりも物に対峙する事を好む。 と実に素っ気無く描写されている。"概念的であるよりも本能的"と言う側面ではBR型思考も同様であり、 ◆土臭い。特別な人が来た、と言った情報があると一足飛びに喜び、その様は子供っぽく見える場合も。 となっている。そしてFRだが、 ◆比喩的でイメージ的。非常に概念的であり、現実との接点を失う場合も。 と。そうするとここで概念的なFLとFR、本能的なBLとBR、と言う対比も出来ようが、筆者にはFRも本能的としか思えない。少なくとも"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"でのFRの説明にはそう思わせる部分が散見される。例えば学校の勉強は本能的であるよりも概念的と思えるが、実はBL向きの世界であり、FR型やFR型+BR型の子供にとっては針の筵だ。 ◆・・・学校は落ちこぼれの烙印や低い評価の元凶だ。こうした子供達は言語や読み方の面では学習能力欠如と見做される。更に高卒の学歴の価値を理解するだけの分析力にも欠けている。だから落ちこぼれる。ワシントン・ウイスコンシンでの調査によれば、中退者は芸術に卓越しており、しかもダンス、音楽或いは演技にも優れている。 別の箇所で"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"はスポーツをFL+FR的な活動と見做している。リスクを受け留める必要がある起業家がFL+FR的であるのは上で述べた通り。そうすると芸術や音楽の様な表現活動、スポーツ、リスクへの耐性の何割かはFRに発している事になるが、そうした世界は本来、概念的な人間には向かない経験と勘の世界だ。従ってFR型思考は極めて本能的な思考であり、BL・BRと違って表面上、概念的に見える場合もある、と解釈すべきである。 | |
| THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN(その2) | 2003年10月15日(水) |
| ひまじんネット | |
今日は晴。左はならまち散策の案内。ならまちとはこれまで何度か述べたが、大雑把に言って奈良市の元興寺を中心とした古い街並みの残る一帯。左のパンフレットではずっと東にある志賀直哉旧邸や市立写真美術館も"ならまち"の範囲内としている。さて昨日の"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"には職業適性(どんなタイプが多く見出されるか)の話も出ている。例えば医療は様々な個別分野の複合体だが、それに応じて優位に立つ頭脳の部分も様々で、内科医はFL優位でややBL寄り、外科医はFL+FR優位だ。但しFLはFrontal Left即ち左半球の前側、BLは同後ろ側。FRは右半球の前側だ。これに関し"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"は先ず内科医療の分析的診断的性格に触れているが、これは基本的にFLの得意分野。一方外科医療に於いては機械ではない人体を扱う際に起こりがちな予期せぬ事態への適応力、化学者が分子を想像の中で回転させる様な種類の3次元的能力、が要求されるが、これはFLとFRを共に使える者が惹かれる世界。そして同書は外科医が余り規則に従わない点(FRの要素が多いと規則や手続きを軽蔑する)、技量をひたすら経験的に身に付けたが故に「合理的でない」との批判を恐れている点にも触れている。医療の世界を取り上げている点ではMyersの"Gifts Differing(邦訳:人間のタイプと適性)"もそうだが、"Gifts Differing"によると内科にはINTJ/INFJ/ENTJ、外科にはESTPが有意に多く集まっている。そうすると内科=FLとする"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"の意見はまあまあ、"Gifts Differing"に符合するが、INTJ/INFJ/ENTJがBL寄り、とはちょっと思えない。BLに無理なく当て嵌まるのはIS_Jだからだ。また外科=FL+FRだが、ESTPのTがFLとすると、FRの要素は何処だろうかとの疑問が湧く。ひとまずFRをE/S/Pと見做す事も出来ようが、そうすると別の矛盾が発生する。 "THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"に戻るが、精神科医はFR優位。精神医療に於いては対象を分析することなく全体として捉える事が要求されるからだ。而るに"Gifts Differing"では精神科に多いタイプはINFPとINTP。従って"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"も"Gifts Differing"も正しいならば、一方ではESTP、他方ではIN_Pが共にFR的、となる。しかしESTPとIN_P、実社会で力を発揮するタイプと抽象的概念に強いタイプ、商経学部志向と理工学部志向、モテるタイプとそうでないタイプ(こらこら)、全く対照的だ。結局外科医と精神科医、両者に共通する特徴は知覚機能を外界に向ける傾向即ちPだから、FRとはPである、と結論せざるを得ない。そこでFR=P、と割り切るならば、敢てBL=Jとする解釈も可能かもしれない。少なくとも昨日類似性を指摘した"Finding Your Strong Suit"のダイヤとクラブはP・Jと見做されている。そうすると内科医に多いタイプは全てJであったから、"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"と"Gifts Differing"の符合度は上がる。なお精神科医はFR優位であはあるにしても、必ずしもBR(右脳後ろ側)優位ではない。これはINFPだけでなくINTPも多くなっているとする"Gifts Differing"の証言に見事に符合している。INTPは感情機能を最下位に置いているから、森厳冷徹なタイプだ。 以上をまとめると医師には分野に応じてFL+BL・FL+FR・FR派がいる。更に"THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN"によれば看護婦は総じてBL+BR優位だが、これまた役割によってBL寄りであったりBR寄りであったりするし、またBL+FL優位の看護婦もいる。そうすると非常に荒っぽく言えば医師と看護婦の関係はFとB、だろうか。 | |
| THE ART OF USING YOUR WHOLE BRAIN | 2003年10月14日(火) |
| ひまじんネット | |
今日は曇後雨。今日は久し振りに心理学の書評を行う。左は"The Art of Using Your Whole Brain"(I.K.Benziger & A.Sohn著)。その中身は4つの部分に分けられる頭脳の機能の解説であり、7/21に紹介した"Finding Your Strong Suit"に似ている。先ず左脳後ろ寄りで為される思考は以下の様だ。◆モードI型の思考は秩序立った手続きの様であり、何度も一貫して正確に一定の行為を繰り返す能力に於いて際立っている。モードI型人間は確立された手順や決まったやり方に従う事に満足を覚え、しかも達成感を感ずる。従ってモードI型人間は詳細に注力する事に掛けては達人である。忠実で頼りになり信頼出来る人柄であるから、仕事の結果の一貫性ややり方の慎重さが評価される職場には何年も留まっているかもしれない。生まれながらにして保守的だから、伝統的価値を重んじ、一歩一歩着実な課題への対処の仕方を望んでいる。 このタイプは"Finding Your Strong Suit"のクラブにそっくりだ。右脳後ろ寄りで為される思考は以下の様だ。 ◆モードII型の思考は神秘的で、象徴的で、感情に基づいている。モードII型の思考は他者の気分や情緒、非言語的な兆候の微妙な動きを取り上げる。モードII型人間はしばしば非常に表情豊かで、言葉や身振り手振りにより他者と気分良く交わろうとする。生まれながらにして世話好きだから、他者がどう感ずるか、が最も大事だと思っており、しかもこうした人間関係や調和への関心を個人的な世界へも職業的な世界へも持ち込もうとする。前向きに、共感的に関係を結ぶ能力を持っているから、モードII型人間は自身の活発な気持ちの中へ他者を招き入れる事に優れている。 このタイプは"Finding Your Strong Suit"のハートにそっくりだが、言葉の印象だけから判断すればもっと活発だ。右脳前寄りと左脳前寄りは以下の通り。 ◆モードIII型の思考は視覚的・空間的・非言語的だ。即ち隠喩的、概念的であり、モードIII型人間はこれを心に浮かんだ絵や動画の様に観賞している。だからモードIII型人間は総合、革新、想像の達人である。すぐに退屈を感じてしまうので、新しい概念、情報、冒険がもたらす刺激をいつも求めている。家庭や職場では書類を積み上げているし、突飛なユーモア感覚も持っているのですぐ見分けられる。1対1の人間関係には必ずしも強くないが、観念的な人道派として人類とその進化には興味を抱いている。 ◆モードIV型の思考は論理的・数学的で、批判的分析や診断による問題解決、道具や機械の使い方に於いて卓越している。従ってモードIV型人間は明瞭に定義された目標を持ち、どんな状況でも最も近道で効率的な戦略を立てる力に恵まれている。だからリーダーとしての地位に昇って重要な決断を行い、目的に沿う様、状況を操作する。批判的で緻密故、技術的・数学的・財務的な仕事を望んでいる。 この2つは明らかに"Finding Your Strong Suit"のダイヤとスペード。さてここで気付く事だが、上に挙げた4つの思考様式乃至人物像の内前者2つはゆったり落ち着いた守りの人柄に、後者2つは活発な攻めの人柄に見える。この感じに関し後で筆者個人の意見を述べる機会もあると思うが、取り敢えず"The Art of Using Your Whole Brain"を信ずるならば("Finding Your Strong Suit"もそうだったが)内向的な右脳前寄り・左脳前寄りの人柄もあり得る。そうすると筆者は疑いもなくリーダーには向かない内向的な左脳前寄りだ。 | |
| ボレロとボレロ | 2003年10月13日(月) |
| ひまじんネット | |
今日は雨。10/9には第163回大和とくとく朝市「大朝市」のパンフレットを出したが、その場所は県営競輪場駐車場、即ち秋篠寺の近くだった。秋篠寺からずっと東、平城京跡の北東へ行くと法華寺・不退寺・海龍王寺がある。左はこの3つの古刹で行われる特別展の案内だ。インターネット上では合併で誕生したコニカミノルタからユニークなレンズ交換可能なデジカメが発表される、との噂が流れている。"ユニーク"の意味は何か。ライカの如きレンジファインダー式のデジカメだろうか。それから10/10の歌の題名は「想い出のボレロ」かな、と思うとそうではなく「懐かしのボレロ」(作詞・藤浦洸、作曲・服部良一)。藤山一郎の持ち歌だが、雰囲気的に10/9の「南の薔薇」に似ているから、筆者はこの2曲を混同していた。ところでボレロ、と言えば実は「想い出のボレロ」なる歌もある。山川越えて 想い出は 流れる雲か 夜の霧 嘆きの歌か ボレロの太鼓 涙に濡れて 悲しく強く あの夢 裳裾に絡む 花びらは 悲しい恋に 散った花 情けに更けて ボレロの歌は 心の窓を 優しく叩く あの音 苦しい恋は かの空に 虚しく掛けた 空の虹 昨日の夢と ボレロの踊り 嘆けば胸に 心が燃える 我が胸 南国の情熱が溢れる「懐かしのボレロ」とは対照的な気だるく物悲しい歌だ。作詞は藤浦洸、作曲は万城目正。歌う映画スター高峰三枝子の持ち歌には藤浦洸の詞が多いが、この「懐かしのボレロ」も例外ではない。 | |
| 南の国唄の国 | 2003年10月10日(金) |
| ひまじんネット | |
今日は曇時々晴。左は新聞販売店が集金に来た時配布している雑誌の様な物"Yomiっこ"に出ていた上野天神秋祭の案内。上野天神秋祭は10/23〜25、三重県上野市の中心街(近鉄伊賀線上野駅)で行われる祭で、見所は今日と祇園祭の山鉾に似ただんじり9基と鬼行列。日程は以下の如くだ。◆宵宮:23日 東御旅所で宵宮際(午後7時) 本町・二之町通りでだんじりに提灯を灯す(午後7時〜9時) ◆足揃え:24日 本町・二之町通りでだんじり曳行(午後1〜4時・午後6〜8時) 三之町通りで鬼行列(午後1時35分〜4時) ◆本祭:25日 1km以上の行列が続く(午前9:30〜午後3:30) さて、昨日の曲は野村俊夫作詞・米山正夫作曲"南の薔薇"。"湯の町エレジー"で有名な近江俊郎の曲だ。似た様な曲はまだある。 南の国 唄の国 太鼓を打て 拍子を取れ 楽しき 今宵 南の星 十字星 愛しの瞳に 似て 輝けるは 愛の光 今宵も あの空に 高く響け 想い出の 懐かしの ボレロよ 想いを込め 高らかに 太鼓を打て 拍子を取れ 楽しき 今宵 南の薔薇 紅い薔薇 優しき人の 胸に 愛の印 高く香る 情けを 風に乗せ 遠く送る 想い出の 懐かしの ボレロよ "南十字星"とあるからこの詞は少なくとも"南の薔薇"とは異なり、スペインの情景ではなさそうだ。南米か何処かかな。 | |
| 南の国スペインの | 2003年10月9日(木) |
| ひまじんネット | |
今日は薄曇。左は、第163回大和とくとく朝市「大朝市」。場所は県営競輪場駐車場、とあるから秋篠寺の近くか。さてこんな情熱的なナツメロがあった。南の薔薇そよ風に 微笑む君の姿 胸に抱き口付ける 花よ薔薇の花 美しの月の宵 共に盃上げ 君よ歌え 恋の歌を 悩ましこの胸 燃え立つ恋 南の国スペインの 君はやさしの薔薇 南の薔薇憧れの 君こそ花のクイーン 夢の間も忘られぬ 花よ薔薇の花 美しの月の宵 共に盃上げ 君よ歌え 恋の歌を 悩ましこの胸 燃え立つ恋 南の国スペインの 君はやさしの薔薇 題名・歌手は分かるかな。 また話しは変わるが、いよいよ秋祭りのシーズン。筆者は去年木津町(京都府)の太鼓台を見物に行ったが、町のホームページによれば今年の予定は以下の様だ。 ◆御霊神社:10/25(土)正午過ぎ/敬神組・拝神団の2基 ◆田中神社:10/26(日)午前10時頃/小寺・西町の2基 ◆岡田国神社:10/26(日)正午過ぎ/義友会・社町の2基 ◆大宮神社・若宮神社:11/3(月)午前9:30頃/西吐師・東吐師の2基 また太鼓台ライトアップが10/18(土)役場南公園で。敬神組・社町・小寺・義友会の太鼓台4基が登場する。 | |
| 疲れた | 2003年10月8日(水) |
| ひまじんネット | |
今日は曇後晴。左は"近つ飛鳥博物館"に於ける企画展"壁画古墳の流れ・高松塚とキトラ"のパンフレット。近つ飛鳥博物館は"飛鳥"とは言いながら、大阪府河南町にある。それにしても12-24/4.5-5.6と80-400/4.5-5.6を海外向けホームページで発表したシグマだが、国内向けホームページには何の情報も掲載していない。
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| 科学者・技術者の典型とエニアグラム(その21) | 2003年10月7日(火) |
| ひまじんネット | |
今日は曇。左は菟田野町(うたのちょう)での宇多水分神社秋祭り(10/18〜19)体験等の案内。筆者は菟田野町の祭りを見物した経験はないが、東吉野村・丹生川上神社中社小川祭りを見に行く途中で通過した事ならある。この所ずっと"科学者・技術者の典型とエニアグラム"という題を続けて来ており、昨日筆者の見解を一応示したので、RisoとHudsonの最新(7/18紹介の"Discovering Your Personalty Type")の5w4と5w6に関する描写を示す事でおしまいにしよう。◆5w4 5w4は溜め込み主義を親密な関係の領域で発揮する。5と4の組み合わせは衝突する。つまりタイプ5的な防衛が引き下がる事であるのに対し、タイプ4の部分が親密さや繋がりを求めているからだ。大半の5w4はこの両極端の際どい釣り合いの中に生きているから、葛藤解消の為自身の秘密の世界へと親しくなれそうな他者を招き入れようとする。5w4は何を差し置いても想像の世界に集中しているが、自身の考えや没頭している物事は暗く、それどころか恐ろしげな物として他者には映るだろうとも信じ込んでいる。少なくとも他者には仲間外れの偏屈者に思われていると。にも関わらず5w4は、たった1つの魂、生涯の伴侶と自身の見方や外に出していない世界を共有したいと望み、しかも密かながらにそうした相手と深い絆を結びたいとの願望を抱いている。そしてこの場合の相手とは、5w4とその奇怪な現実観を理解出来る者だ。要するに5w4にとっての親密さとは、自身の超現実的な内的世界を探ってくれる誰か相手役がいる事である。また5w4は相手役に、親しさには至らぬ人間関係やその他生活上の雑事の面での助力も求めている。つまり5w4は相手役に人生の渉外部長を求めており、しかもそれによって世渡りの自信を獲得したいと思っている。もし愛に失望したら、5w4は引っ込んで長期間、時として何年も、独りのままに留まってしまう。 ◆5w6 5w6は貪欲な溜め込み主義を社会的領域で発揮する。そして特定の専門領域を通じてのみ、社会に対応する。5w6は技能や知識の体系を身に付けようとし、何を差し置いてもそれによって他者との関係を結ぼうとする。タイプ6のウィングの故に5w6は他者との関係の中にあっても心地良くいられるが、但しこの場合の5w6の気分は目的を持てるかどうかに掛かっている。つまり、他人と関わって行ける自信を持てるのは、特定の課題や役割(パーティーでDJをやるとか、集まりで特別な話題を提供するとか)がある時だけである。5w6は(得てして狭く深い)興味を同じくする他者と集中的に話す--直接、乃至インターネットで--事ならば、楽々とこなす。そして自らの専門領域が社交術だと思っている。他者が必要としているかもしれぬ知識を自分の事の様に思って身に付けたからだ。従って大抵静かだが、5w6はコンピューターの専門的な話から映画や漫画の雑談迄、知っている事が話題として持ち上がれば雄弁になれる。健全でない5w6はエリート主義者になり、自身の思考や話を理解出来ぬ位だから他人は馬鹿だと感じ始める。そして獰猛な論争屋になり、他人の考えを躍起になって間違いだと論じて掛かるから、社会的な繋がりを失うに至る。 | |
| 科学者・技術者の典型とエニアグラム(その20) | 2003年10月6日(月) |
| ひまじんネット | |
今日は久し振りの雨。左は、昨日と同じ壷坂寺の秋の行事案内。上に穴が開いている事からも御想像の様に、駅ではなくバスにあった。"科学者・技術者の典型とエニアグラム"ももう20回目だが、筆者の持論である対称性を重視しつつ、5w4と5w6の類似点と相違点をまとめてみよう。そうすると先ず5w4はRisoとHudsonが"Personality Types(邦訳:性格のタイプ)"や"The Wisdom of the Enneagram(邦訳:エニアグラム--あなたを知る9つのタイプ)"で描いている独創的なシュールレアリスムの徒と見做しても、まぁ、外れてはいないであろう。これはタイプ5の純粋に論理・数学的思考に--だからといって数学らしい形態を有する現実の数学に強いとは限らぬが--タイプ4の直観が混じった結果、思弁的・形而上学的な思考が生ずる為である。
それではRisoとHudsonが科学的なタイプ5と見做している5w6はどうだろうか。そもそもタイプ6は支え・導きの喪失を最も恐れるタイプであるから、逆に支え・導きの発見とその妥当性の検証には並々ならぬ意欲を有している。従って第1の可能性として、そうした願望が直接タイプ5的な合理性に混じる結果、安定した世界観への探究心が生まれる。但し世界観は多分に論理の結果と言うより寧ろ出発点だから、理性がこの点を掘り崩そうとすると5w4に似て5w6の思考も思弁的・形而上学的になる。第2の可能性は5w6のタイプ6の部分が支え・導きを世間的習慣に求めている場合である。この場合の5w6が最も6らしさを表す。即ちタイプ5は元々形式知に強いが、5w6はそのタイプ6の要素故にお役所相手の手続きから冠婚葬祭や仕事上の折渉に至るまで、暗黙知の領域に属する世界でもやって行ける協調派になる。但し、逆に社会に対する不信感で一杯になる事もある。またこうした5w6は職場の様な多かれ少なかれ裃を着た状況での人間関係に対し開かれているが、これは5w4のタイプ4の部分がその隠れてはいても見つけ出して貰いたい願望故に主として個人的場面での人間関係を開くバルブになっている事とある面、似ていて、且つ対照的。最後の可能性はタイプ6の部分が希薄で、且つその部分にとっての支え・導きが主タイプである5から与えられている場合で、かかる5w6は殆ど純粋なタイプ5に見える。
そうすると、何故RisoとHudsonが科学的なタイプ5をタイプ6寄りと見做していたか、明らかになる。タイプ5にあってタイプ6の混合が科学や技術への関心や能力を高める、とは思えないが、特に最後の可能性からも想像出来る通りタイプ6の部分にはいろんな現れ方があり、タイプ4の部分程タイプ5をして直観的思弁へ引き摺る事はない。従って平均して言えば5w4がどんなに僅かであってもタイプ4の部分を表現せざるを得ないのに対し、5w6はタイプ5らしさをずっと保持する。これが筆者の考えである。★どうも、お越し頂き有難うございます。「掘り崩す」、理性が生きた”感じ”に合理性の鎖を付けて思考の牢獄に幽閉するようなもんですからね。 / !!lithium!! ( 2003-10-08 01:00 ) ★こんにちは、20回を楽しく拝読致しました。(o^-^o) 「(純粋な)5らしいって、どういうのかなあ?」と、あれこれ考えながら。。。今回、個人的に面白かったのは「掘り崩す」という表現♪(文中「理性がこの点を掘り崩そうとすると」より) 掘り起こすことなく崩しちゃうのか、と、なんだかとても愉快になりました。キャッ(^^*))((*^^)キャッ / Debris ( 2003-10-07 15:12 ) | |
| 昨日今日と出勤 | 2003年10月5日(日) |
| ひまじんネット | |
今日は曇。左は、壷坂寺開創1300年記念に際して行われる慶賛行事のパンフレット。壷坂寺は奈良県高取町にあり、近鉄壷坂寺からバス。夏のラベンダーで有名。それにしても、最近忙しく、昨日今日と出勤。
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| 科学者・技術者の典型とエニアグラム(その19) | 2003年10月4日(土) |
| ひまじんネット | |
今日は晴。左はイヴェント"橿原夢の森フェスティバル"のパンフレットだが、実は昨日の"ムーンライト藤原京"の裏だ。さて科学者・技術者全員がタイプ5ではないし、またタイプ5の要素の濃い者が常に科学者・技術者になるとも限らぬが、そこを敢て越えて純度の高いタイプ5を科学者・技術者の典型と見做すならば、5w4のみならず5w6も文科系寄りの人間の様だ。つまり昨日、5w6の人物像として社会科学分野の専門家や実用化志向の技術者を挙げたが、所謂パソコンオタクの類もこれに加えてはどうだろうか。パソコンは2進法に基づく論理に従って構成されているから、パソコンオタクは論理的な人間であろう、と無知な文科系の評論家は考えるが、これは迷信だ。実際にパソコンに触ってみると、寧ろパソコンの世界は先験的な根拠の薄い風俗習慣の世界であり、従ってパソコンオタク、少なくともENIACが開発された頃の専門家ではない今の時代のマニア、は手続きや前例や慣例に強い常識型人間であり、その面では文科系寄りと推定せざるを得ない。而るにRisoとHudsonの"Personality Types(邦訳:性格のタイプ)"には ◆・・・着実さと常識を離れる事がない。健全なタイプ6には穏健で現実的な性質があり、それが同じ思考の3つ組にいる健全なタイプ5や健全なタイプ7との違いになっている。 とあるから、オタクが健全か否かの疑問を度外視すれば、タイプ6の要素がパソコンに強い傾向を増すと考えられる。 その例を挙げれば限りがないが、先ずOSとしてはWindowsやMac OS、Linux等がある。だが圧倒的多数派はWindows。必ずしもMac OSやLinuxに対しWindowsが非常に優れていると推定するに足る先験的な根拠はないから、これはJung流に言えば非合理的な事である。だからこの段階でもはやパソコンに詳しい=論理的、ではなく、デファクトスタンダードとしての事実を事実として知っている、或いはそうした論理や分析を伴わぬ知り方に慣れている、となる。これがワープロがどうのこうの、表作成ソフトがどうのこうの、画像処理ソフトがどうのこうの、データ圧縮ソフトがどうのこうの、と言ったアプリケーションの世界になれば慣例の比重はもっと大きくなり、自己流の許される余地はなくなってしまう。筆者の個人的経験を挙げると、文書は英語でdocumentと言う。だから筆者はWindows隆盛以前からずっと、文書ファイルの拡張子を.docに統一していた。しかしどうも、なんとか.docへ第一優先でアクセスするソフトはエディタではなくワードだ。あれっ、と思ったが、今や.docは事実上、ワード専用の拡張子だ。同じ事は最近もあった。ある仕事上のファイルの拡張子を筆者は.pspとしている。何故ならば、それは原子の擬ポテンシャル(PSeudoPotential)に関するデータだからだ。ところが、.pspのあるディレクトリに差し掛かると普段使っている画像処理ソフトの挙動がおかしい。そこで良く調べてみると、実は.pspも画像データフォーマットの1つを表す拡張子だった事が後になってやっと判明。こうした事は細かい事だが、パソコンの世界が無数の、形式知よりも暗黙知に近い約束事で成立しているは明らかで、筆者はそこにお役所相手の手続きに似た面倒臭さを感ずる。 とすれば、パソコンに詳しくなるのに有利な性格とは、そうした暗黙知の多さに辟易としない、常識を受け容れやすい、自己流の思念の少ない性格であり、その部分を"文科系寄り"と称する事も間違いではあるまい。 ★タイプ論で非合理的とは"・・・理性に反すると言う意味ではなく、理性の外にある・理性では説明出来ないと言う意味で用いる。例えば地球には月が1つあるとか、塩素は元素の1つであるとか、水は摂氏4℃の時に最も密度が高くなると言った基本的事実がこれに含まれる"と。 / lithium ( 2003-10-05 00:47 ) | |
| 科学者・技術者の典型とエニアグラム(その18) | 2003年10月3日(金) |
| ひまじんネット | |
今日は晴。左はイヴェント"ムーンライト藤原京2003"のパンフレット。12日の夜のイヴェントで、大和三山(畝傍山・耳成山・天香具山)がライトアップされる。昨日・一昨日に紹介したSigmaの新製品は同社のドイツ向け公式ホームページに出ていたが、日本のホームページにはまだ掲載されていない。どうせ明らかになるのも時間の問題だが、どうせならばもっと素早く、一斉に掲載出来ぬであろうか。それにしてもSigmaは同社の伝統として新製品の開発に於いては常に一歩先んじている。21-35/3.5-4.2や14/3.5の様な超広角、逆に500/4.5や350-1200/11の様な超望遠はその好例である。そして運悪く他社に抜かれた場合でも追随力に優れており、マクロや高倍率ズームを頑張って商品化している。その反面、Sigmaの製品は余り信用出来ない。インターネットを覗いていると例えば名古屋方面と思われるPentaxユーザーのホームページでは品質面に関して酷評されているし、それに筆者が中古屋を覗くとどうも、SigmaはTamronやTokinaに比べ、ちょっとくたびれた外観を呈している場合が少なくない。こうした製品に現れる社風は何処か、人間の性格とも似ている。昨日筆者は"タイプ4・6とも冷徹なタイプ5に人間味をプラスしている"と述べた。RisoとHudsonの描写に従う限り、5w4はまさにその通りだが、5w6に於いてはウィングである6の部分が主タイプである5の部分と完全に融合していないのか、どうも6らしさが出たり消えたりする様だった。そこで5w4並にはっきりとウィングの特徴を呈している5w6の人物像は如何であるか、自由に想像してみよう。そうすると、4/1〜4/2・9/18に述べた事に似ているが、知力に拘るタイプ5が主、不安や疑念を外界の価値観に沿う事で解消しようとするタイプ6が従である様なタイプからは、帰属、安全、家族、政治、国、共有価値等に関した思索を行う人柄が想像出来る。即ち、5w6は法学、政治学、経済学等社会科学の系統に属する学者や、人文科学・自然科学畑の出であっても非行の心理学であるとか、環境問題であるとか、何らかの社会的文脈に接し政策と関わり得る分野の専門家であるかもしれない。但しタイプ5が優位に立っているから、"熱い"対象に接してもタイプ1好みの"べき論"に傾く事はなく、常に冷静で分析的な態度を保っている。 また、RisoとHudsonの"Personality Types(邦訳:性格のタイプ)"には ◆タイプ6のウィングが、他者と協力し、規律を持って一貫して努力する点で優れた力を与える。 という記述がある。生のタイプ5は"一貫して努力する"と言う面では優れているが、それ故に自分自身のみと協力する様になり勝ちであるし、規律の面では意図して反対はせぬ迄も、注意して守る事には凡そ意識を向けたがらない。だからこの記述を受け容れるならば、科学技術にあってはその実用化面、事業化面で活躍する役柄は5w6向きかもしれない。少なくともそうした場面で重要な、手順の標準化、計画の立案やその現実との調整、安全の点検、書類の管理等には強そうだし、そうした所で地道に信頼を積む事が"実用化面、事業化面"と言う大きな場面で人や組織を動かす事に繋がる事は事実である。そしてその結果は ◆自分の新考案と事業の手腕を結び付けて大儲けをする事もある。 と言う報酬として現れる。 | |
| 科学者・技術者の典型とエニアグラム(その17) | 2003年10月2日(木) |
| ひまじんネット | |
今日は曇時々晴。代用交換レンズメーカーのSigmaが、昨日の広角だけでなく、カメラ振れを補償する80-400/4.5-5.6望遠ズームも開発しており、もうヨーロッパでは発売開始になった、との噂もある。左は創建1300年へ向けた記念事業の一環としての、興福寺の国宝の特別公開のパンフレット。興福寺は近鉄奈良駅からすぐの観光コースとしては一等地にある。ああ、もう"科学者・技術者の典型とエニアグラム"なる題名ももう17回目だが、RisoとHudsonの"Personality Types(邦訳:性格のタイプ)"の5w6の描写から、生のタイプ5には期待出来ないタイプ6らしさと思われる部分を拾ってみよう。 ◆・・・自分の人生にとって重要な人々にはしっかりと同化する。 ◆・・・魅力的で人に好かれる性質を数多く発見する。 ◆・・・友情と約束について深い包容力を持つ事を知る。 この様な傾向は同じ5w6の以下の様な部分とは著しく対照的である。 ◆科学、科学技術、事実と詳細の獲得に関心を抱く知性の人---と関連付けられて来たタイプである。 ◆問題や事物の構成要素を分析して、どの様に機能しているかを発見する事に秀でている。 ◆典型的な知的バカであって、社会的適性のない偏屈者である。 冒頭の3項目は5w6に於いてタイプ6の部分が人間関係への扉を開く力として作用した様子を示しているから、5w6に関する他の部分よりも寧ろ、以下に示す5w4の様子に似ている。 ◆・・・情緒的で内向的であるが、矛盾した事に、より社交的でもある。 ◆・・・個人的な事、精神内部の事により関心を抱く。 ◆・・・繊細な感情の持ち主であり、気まぐれであるし、批判には異常に敏感である。 従って繰り返しになるが、タイプ4・6とも冷徹なタイプ5に人間味をプラスしている。敢て違いがあるとすれば、タイプ4の効き目のほうがずっと顕著。 実はこうした発想は、6/18に記した様に、"Personality Types"の2w1(奉仕する人)と2w3(もてなし役)の描写に優れた対称性を感じた時に得た物である。即ち個別の特徴を拾う限りでは、タイプ2の特徴が理性的加工を受けている、と思えるのは2w1だけである。しかし"もてなし役"も食事や会場の手配、来た人々の心地良さにきちんと配慮せねばならない役割であるから、RisoとHudsonがそこまで考えて2w3にこの綽名を与えたならば、2w3のタイプ3の部分もタイプ2に対し理性をプラスする、と見做すべきである。だから2w1と2w3は、理性が発揮される方向性に於いては違っていても、そのウィングの故に理性化している、と言う点では共通である。 筆者にとって、対称性は物事の正しさを判断する1つのチェックポイントだ。 ところで、またスパム。211.158.5.4は中国の回線。 X-From_: katou_ai_1trrg@hotmail.com Tue Sep 30 01:42:44 2003 Return-Path: <katou_ai_1trrg@hotmail.com> Received: from hotmail.com ([211.158.5.4]) with SMTP id h8TGgbf14094; Tue, 30 Sep 2003 01:42:38 +0900 (JST) Message-ID: <749f01c38697$effbb4e0$ed104e10@uwakvksr> Reply-To: <katou_ai_1trrg@hotmail.com> From: <katou_ai_1trrg@hotmail.com> To: HITOU.AI Subject: 緊急入荷!「加藤あい 秘湯〜露天風呂女湯盗撮」 Date: Mon, 29 Sep 2003 19:42:42 +0500 MIME-Version: 1.0 X-Priority: 3 X-MSMail-Priority: Normal X-Mailer: Microsoft Outlook Express 5.00.2314.1300 X-MimeOLE: Produced By Microsoft MimeOLE V5.00.2314.1300 Content-Type: text/plain; charset="iso-2022-jp" Content-Transfer-Encoding: 8bit | |
| 科学者・技術者の典型とエニアグラム(その16) | 2003年10月1日(水) |
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今日は晴。代用交換レンズメーカーのSigmaが、デジカメ向け広角2-24/4.5-5.6を開発したとの噂が流れている。左はJRのハイキングのパンフレット。滋賀県方面のコースが多い。さて仮説(1A)・(2B)、即ちタイプ5が科学者・技術者の典型になる場合、ウィングの積極的影響をその理由とする解釈はどちらかと言えば疑わしい。而るに、9/18〜9/28の日記で触れたこの逆、即ちウィングのなさを重視する仮説(1B)・(2A)は今見直しても自然に読める。もしこうした筆者の感じ方が正しい、とすれば科学者・技術者の典型は純粋なタイプ5であり、Riso等エニアグラムのプロが言う定説つまり5w6でなない事になる。そこで今度はタイプ5を主、タイプ4や6を従とする人物像を描き、これが科学者・技術者の典型とどう異なるか考えてみよう。先ず5w4だが、RisoとHudsonの"Personality Types(邦訳:性格のタイプ)"ではIconocrast=偶像破壊者・因習を打破する人とされている。タイプ5も4も独自の世界に生きる世の異端児であるから、5w4が現実に因習を打破するに至るか否かは別として、"Personality Types"に現れた様な知的且つ直観的な超現実主義者である事は想像に難くない。 次に5w6は"Personality Types"ではProblem Solver=問題解決者とされているが、如何にも取って付けた様な部分を除くと、必ずしもタイプ6らしさを余り感じない。例えば ◆・・・感情の束縛から解放されている傾向が強い。 と言う箇所は5w6の描写としてどうだろう。そもそもタイプ6は4・8と共に"熱血派"に属しているから、タイプ5に結合しても感情の束縛からの解放力にはならない。その上RisoとHudsonによればタイプ6はJungの内向感情型に相当するし、以下の様な記述からもかなり感情的なタイプである事が分かる。 ◆感情の状態や態度は大きく矛盾する事があるので、人を困惑させ、失望させる事がある。即ち、人を惹き付け、おどけていたかと思うと、気難しく否定的になる。果断で自己主張的であったのに、殆ど次の瞬間には優柔不断で自己不信になる。 即ちタイプ6は両価的であり、しかもその両価性は他者に対してだけではなく自分自身に対しても及んでいる。その結果タイプ6は感情面での混乱に陥り易い。 ◆この理由から、多くのタイプ6が自分をタイプ4と見誤る。 RisoとHudsonは上の様な事さえ言っている。またタイプ6は非常に慎重な性格とされる場合が多いが、これも合理的人間が理に叶う事しか認めぬ様な種類の慎重さと言うより、"熱血派"らしい本能に起因する慎重さである。凡そ本能等と言うと下等な荒々しい無軌道振りを連想し勝ちだが、本能で生きている動物の警戒心の鋭敏さを思えば、本能の中に人間の賢しらな理性を超えた、独自の節度や抑止力があると思わざるを得ない。従って5w6に於けるタイプ6の部分も5w4に於けるタイプ4の部分と同様、タイプ5が塞ぎたいと思っている理性では測れない、人間臭い部分への通路を開くドリルと思っても間違いではあるまい。疲れたのでここ迄。 | |