綾紫の日記
2008年10月1日〜26日

 
PCM(自分を知る「6つのキャラ」)続き 2008年10月26日(日)
Infoseek
今日は昨日迄の予報に反し、雨。25日の続きだが、見極めとチェックポイントを重視する筆者にとって、倫子·倫郎タイプの特徴
  • また、人や物事が「こうあるべき」どうかを鋭く洞察、吟味する目を持っています。仕事においてもチェック機能に秀でています。
は、当て嵌まる様な、そうでない様な傾向だ。筆者は昔から、MBTIやエニアグラムに於ける矛盾、即ち研究者間の意見の相違や、或いはもっと重篤な、1人の研究者が述べる意見の中の矛盾に触れて来た。例えばMBTIでは決断力があるのはP(知覚型)よりもJ(判断型)とされているが、それでは新ビジネスや金の運用では後者が慎重とされているのはこれと矛盾するのでは、と。だがこれはsein (AはBである)の世界の問題。筆者は基本的にsollen (AはBであるべきだ)の世界には疎い。

そこで倫子·倫郎タイプの特徴をもっと挙げてみよう。外見に関する記述には
  • 持ち物や服装は、決して流行に左右されることなく、価値があると思うものを追求します。
と云う部分があるが、筆者には前半だけが当て嵌まる。つまり、筆者は流行には無関心だが、それは文字通り関心のなさの反映であり、別の向きを追求しているが故ではない。だから、筆者は
  • 身につけるものには、随所に"こだわり"が表れています。
  • 休日でもくずれた服装はしません。
  • 目立たないが、気に入っているブランドをもっているのも、倫子さんらしいところです。
等の記述とは正反対で、こうした傾向からは寧ろ見栄っ張りな精神を想像してしまう。

これと本質的に同様だが、倫子·倫郎タイプに関する記述
  • 世のため人のため、私利私欲を捨てて働き、そのことで人から尊敬の念をもってもらえたら、人生における「成功」と思えるでしょう。
が筆者にも当て嵌まる様に見える場合がある。それは元々、筆者には捨てるに値する程の私利私欲すらない為だ。筆者がもし真剣に世の為、人の為に働ける人間になろうとするならば、もっと私利私欲を高め、世間·他人の抱きがちな心を知識ではなく実感として想像出来る様になるべきだ、とさえ思う。また、
  • 倫子さんは、「これをやる」と決めたことを継続する力にすぐれています。妥協は敵。安易な方向に流れることなく、ときには非合理的と思えるようなことにも耐える信念をもっています。
となっている箇所は気になる。素直に読めば、決めた事に対する非合理的な反対に耐えられる、となるが、実際には決めた事を非合理的と云っていい程継続する、と表現したかったのかもしれない。見極めとチェックポイントを重視する筆者には、 後者は全く当て嵌まらない。今日はここ迄。
 
 
PCM(自分を知る「6つのキャラ」)続き 2008年10月25日(土)
Infoseek
今日は曇後晴だが、昨日迄の雨の影響で地面は湿っぽい。23日の続きだが、「6つのキャラ」に関し、筆者が自分自身を

恵·恵一タイプ 明美·明タイプ 麗華·麗司タイプ
倫子·倫郎タイプ
真理·真タイプ
静香·静夫タイプ

と考えている話題を続けよう。20日に"我流を貫ける"と書いてしまった手前、倫子·倫郎タイプの特徴の内、
  • 「こうあるべき!」と自分の意見、価値観、信念、ポリシー、理念などを話す能力に優れています。
  • 物事に対して、筋を通し、礼儀を重んじ、精神性を重視します。
  • 周囲からも信頼され、誠実でモラルや大儀を重んじて行動します。
  • 芯が強く、一本筋が通っているのがこのタイプの人。
  • また、自分の仕事に誇りとプライドを持ち、納得の行くまで辛抱強く取り組み、その道を究めることを目指します。
等の側面は、例によって褒め言葉の部分を単なる好き嫌いの方向性だと割り引けば、良く当て嵌まるとせざるを得ない。だがわざわざ"せざるを得ない"と云う消極的な表現を採用したのは、特に赤の他人からは斯様に解釈されているのに対し、両親にはどちらかと云えばフラフラ、フワフワした自分のない者の様に見えていた為だ。

当然乍ら、筆者は静香·静夫タイプ寄りと云えども完全に一致はしていないし、真理·真タイプや倫子·倫郎タイプの特徴には更に合致しない点が増えて来る。そして何がどう、合致しないかと云う具体的な中身から、フラフラ、フワフワに受け取られる場合もある筆者の思考法の特徴が浮き彫りになる。

例えば真理·真タイプは
  • 物事の達成とは、目標を設定し、それに向かって計画的、効率的に取り組み、目標に到達すること。
  • また、ライフプランの遂行とは、人生をいくつかに区切り、何歳までにこれを達成する、という目標を定め、ステップアップすることです。
  • 休日は掃除、整理整頓などの予定を立てます。
  • 真理さんの一日は、決められたルーチンにしたがってテキパキと進んで行きます。仕事のある日は、朝、決まった時間にきちんと起き、決まったテレビ番組のニュースを見ます。
  • システム手帳には、数ヶ月先までスケジュールがびっしり、というようなことも多いでしょう。
等と表現されていて、そこからは計画能力の高さが覗える。だが、計画とは目の前にない未来を決めて掛かる事でもあり、それには思考力の他にも、ちょっと大袈裟だがリスクを厭わない意志力が必要だ。ここが、リスクに強い麗華·麗司タイプは自分とは異なる、と見做した筆者にとって耐え難い点。従って筆者の思考は先ず何処迄予測·決定可能か見極め、次いでチェックポイントを多目に設定し、試作を繰り返す様な方針になり易い。目先の事をチマチマとやっていて、何時の間にか目標に到達する感じが強く、一直線に向かっている印象は与えない。

その典型が19日に触れた本の手放し方。"2006年8月から9月に掛けて大量の本を手放した"、と書いたが、実際の作業開始は7月だった。タイムリミットは10月。筆者は真っ先に、周りにあった本を鞄に一杯、詰めてブックオフに売り始めた。はっきり云って焼け石に水。何故、一気に片付けてしまわないのか。だがそうして量と金額に関する感触を掴み、古紙として廃品回収に出すよりは売り物にする事を決断、そして空間を確保し整理整頓を開始。結果的に3度、洋書も含めて引き取ってくれる岡山の業者に発送し、事実上の倉庫になっていた部屋を使用可能にする目標を達成した。

高校時代の志望校の決め方もこの調子で、少なくとも"志望校を決めたから成績が上がる"と云う発想は微塵もなかった。両親は不満だったかもしれない。今日はここ迄。
 
 
PCM(自分を知る「6つのキャラ」)続き 2008年10月23日(木)
Infoseek
今日は雨。20日の続きだが、筆者に於ける「6つのキャラ」の6タイプの現時点で考えている序列は、恵·恵一/明美·明/麗華·麗司タイプの順位付けが難しい事もあり、

恵·恵一タイプ 明美·明タイプ 麗華·麗司タイプ
倫子·倫郎タイプ 真理·真タイプ
静香·静夫タイプ

に留まっている。下に強い傾向を、上に弱い傾向を置くのがPCMの流儀である事に注意。倫子·倫郎タイプと真理·真タイプ、元々この2つは似ているが、強弱は結論から云えば後者が優位、即ち、

恵·恵一タイプ 明美·明タイプ 麗華·麗司タイプ
倫子·倫郎タイプ
真理·真タイプ
静香·静夫タイプ

と考えるのが妥当だ。その理由は、
  • 情報の収集や分類が得意で、それにもとづいて、日常生活においても、常に論理的に思考、分析していく人が、真理さんです。
  • ある基準に従って、物事や情報を秩序立て、系統立てて分類するのが好きです。身の周りの出来事を分析的、総合的、具体的に洞察する能力があり、客観的な視点から、理路整然と説明することを得意とします。
  • 「何時何分にはこれをしている」「次はこれ、その次はこれ」と順序を考え、ひとつひとつの作業を行います。
と云う記述が、本当に得意か、能力があるかは後回しにすれば、完全に当て嵌まる為だ。今日はここ迄。
 
 
PCM(自分を知る「6つのキャラ」)続き 2008年10月20日(月)
Infoseek
今日は晴。昨日の続きだが、筆者に於ける「6つのキャラ」の6タイプの現時点で考えている序列は

恵·恵一タイプ 明美·明タイプ 麗華·麗司タイプ
倫子·倫郎タイプ 真理·真タイプ
静香·静夫タイプ

となっている。下に強い傾向を、上に弱い傾向を置くのがPCMの流儀である事に注意。早速、弱い傾向である恵·恵一/明美·明/麗華·麗司タイプの順位付けに挑もう。

第1案として、筆者にあっては、

明美·明タイプ 麗華·麗司タイプ
恵·恵一タイプ
倫子·倫郎タイプ 真理·真タイプ
静香·静夫タイプ

となるのではなかろうか。明美·明タイプと麗華·麗司タイプはともかく、4位に恵·恵一タイプが来る、とする考え方だ。筆者にあって最も強い静香·静夫タイプと恵·恵一タイプは、他者を避けるか求めるかで正反対である。しかし似た側面もある。例えば静香·静夫タイプは予期しない事態に遭遇した場合、
  • ······心の動揺を表に出さず、却って無表情になってしまいます。例えば、想定外のことに出会ったり、相手が不満そうにしていたりすると、固まってしまいます。
となるとされているが、恵·恵一タイプも、
  • 恵さんは、ストレス状態にいると、相手が自分をどう思っているかが気になります。その結果、······優柔不断で、いいたいことがいえなくなったりします。
と云った様子で自分を強く出せず不活発になる点では似ている。こうした傾向はストレス下で寧ろ過剰に活発化する明美·明タイプ
  • ······見通しが無く、とにかく物事に取り組もうとします。その結果、しなければならない事がたくさん出てきたり、思い掛けない事態が起きたりして、混乱してあちこち手をつけてしまい、方向を見失って収拾がつかなくなってしますことがあります。
や、喧嘩腰の麗華·麗司タイプ
  • 「ちょっと、そこどいてくれない!」「お客さんが集まるのは私の実力と魅力のおかげよ!」と口論になるように仕向けたり、自分に都合のいいストーリーを作って物事を解釈したりします。
とは対照的。また「6つのキャラ」の冒頭には東南アジアか何処かの古城があって、
  • 雰囲気の良さそうなところね
  • 今度の休みに彼(または友達)と一緒に行きたい
  • ゆっくりできて癒されそう
  • 穏やかな気持ちになれるかも
と云う感想を抱くと恵·恵一タイプ、
  • お祈りの声が聞こえてくるみたい······
  • ひとりでのんびり歩きたい
  • 映画で見た何かに似ている······
  • そういえば昔、公園でこういうお城をよくつくったなあ······
と云う感想を抱くと静香·静夫タイプに得点が入るテストがある。気持ちと内省、他人と一人、違いは大きいとしても、恵·恵一タイプと静香·静夫タイプは高揚感よりリラックスを求める点で似ている。

しかし乍ら、

恵·恵一タイプ
明美·明タイプ 麗華·麗司タイプ
倫子·倫郎タイプ 真理·真タイプ
静香·静夫タイプ

とする、即ち、恵·恵一タイプが最弱で、明美·明タイプと麗華·麗司タイプがまだしも強いとする第2案も悪くはない。明美·明タイプは、
  • 自分ひとりだけちがっていても一向に気にせず、「自分流」を貫きます。
とされているが、他者を気にしないとする記述は他に3箇所もあり、極めて強調されている事が分かる。麗華·麗司タイプは
  • 自分のことは自分でなんでもする"一匹狼"的なところも特徴です。
と云った具合で更に強烈だ。これに比べて静香·静夫タイプは
  • ······髪型や服装が少々乱れていても、気になりません。
となっており、まぁ、迫力を欠いているにしても、明美·明/麗華·麗司/静香·静夫タイプ、この3者には我流を貫ける精神が底流として存在している様子が想像出来る。
  • また、人前に出るときに······非常に気を遣います。人に違和感を与えず、自分も気持ちよくいられるためです。
とされている恵·恵一タイプとは大違いだ。

結局、昨日の段階

恵·恵一タイプ 明美·明タイプ 麗華·麗司タイプ
倫子·倫郎タイプ 真理·真タイプ
静香·静夫タイプ

に戻ってしまった。恵·恵一/明美·明/麗華·麗司タイプの強弱に関して、筆者自身との類似性ではなく、静香·静夫タイプとの類似性を基準にすると云う言葉遊びに傾いたが故に、決まらなかったとの批判もあるかもしれない。だが筆者自身にを基準にしても結論は似た様な物。希薄なタイプの記述には、単に「違う」以上の感想は涌かず、どう、どの程度違うのか具体的なイメージ·エピソードを想像出来ないからだ。次には、倫子·倫郎タイプと真理·真タイプの強弱を考えてみよう。
 
 
PCM(自分を知る「6つのキャラ」) 2008年10月19日(日)
Infoseek
今日は晴。筆者は2006年8月から9月に掛けて大量の本を手放した。手放す本、と云うより残す本の選択基準は内容の個別·具体性。即ち、今は亡き桜楓社を始めとする祭の解説書や写真集は祭一般の理論を扱う物ではなく、特定の「この祭」を扱っていると云う点で他に代え難い性格を有する。よって間違って2冊買った写真集を除き、一切、手を付けていない。逆に(私費で買った)理工系の専門書は、その学術的本質からして、誰の手でも同じ中身に収束すべき物である。表現の巧拙はあるにしても。よって他に代え難い性格を有しないと考え、可能な限り手放した。

その中間にあるのが心理学(大半は性格タイプ論)の本。性格タイプ論では理工学と異なり、考え出した人の個別性が現れる。それが望ましい事かそうでないかが別だが、MBTIでもエニアグラムでも、微妙な解釈の違いに遭遇する。だが結構思い切ってお別れしたので、今では残すべきだったと思う本も多い。

そのせいなのかどうなのか、性懲りも無く買い始めている。矢幡洋がそうだし、下の図の吉野一枝·田中剛太著 自分を知る「6つのキャラ」もそうだ。




 
手放した本たちと比べ、必ずしも高く評価出来る本ではないが、6つの性格に筆者自身を当てはめてみよう。6つの性格とは
  • 恵·恵一タイプ(リアクター)=心情·感受性の人
    思いやりの溢れ、繊細で暖かいキャラクターです。人間関係や人の気持ちを大切にする人です。感受性が豊かで、相手を不快な気分にさせないようにする配慮や、細やかな気遣いに長けていて、和やかな雰囲気を作り出します。
  • 明美·明タイプ(レベル)=反応·ユーモアの人
    楽しさを追求する創造力豊かな人です。今を楽しむ能力に優れ、喜怒哀楽が豊かで、好き嫌いの感情をストレートに出すキャラクター。ユーモアがあり、自由奔放で「自分流」。創造力に富んだアイデアの宝庫のような人です。
  • 倫子·倫郎タイプ(パシスター)=意見·価値観の人
    信念を持ち一本筋の通ったキャラクターです。自分が「これ」と思ったことを妥協せず、徹底的に追求するタイプ。本物志向で、うわべだけの軽い人や贋物を嫌います。何事にも粘り強く、忍耐力がある信念の人です。
  • 真理·真タイプ(ワーカホリック)=思考·論理の人
    合理的、計画的で責任感が強いキャラクターです。時間の使い方が巧く、常に優先順位を考えて、無駄を出来るだけ省き、効率第一で行動します。きっちりした性格で仕事や責任に対する意識が高く、勤勉で真面目な人です。
  • 静香·静夫タイプ(ドリーマー)=内省·想像性の人
    思慮深く想像力豊かで物静かなキャラクターです。静香さんは、目の前の出来事に対して、先ず自分の内面に取り込んで、思いを巡らせるタイプ。他人と長い時間接するのが苦手で、一人の時間を大切にします。
  • 麗華·麗司タイプ(プロモーター)=行動·競争心の人
    説得力があり、人を惹きつける魅力に溢れた人です。行動力に溢れリーダーシップを取ることが得意です。交渉や駆け引きが巧く、要領が良い世渡り上手です。損得勘定に長け、チャンスへの嗅覚が鋭くリスクを恐れない度胸があります。
だ。()内はバックグラウンドにあるPCM理論(Process Communication Model)での正式名称。何となくパシスターとワーカホリック、レベルとプロモーターは1本化可能にも見えるが、それはともかく、PCMでは単に最も強い傾向を決めるだけではなく、6つ全てのタイプの順位付けを行い、最も強い傾向(1階キャラ)から弱い傾向(6階キャラ)迄並べる点がその特徴になっている。

ここで筆者が勝手にエニアグラムとの相関を想像すると、

PCMエニアグラム
恵·恵一タイプ2·4·6·9
明美·明タイプ7·9
倫子·倫郎タイプ1·6
真理·真タイプ1·3·5
静香·静夫タイプ4·5·6·9
麗華·麗司タイプ3·7·8

となる。筆者はエニアグラムではタイプ5、それからMBTIではISTJ·ISTP·INTJ·INTPの何れか、Millonの理論ではシゾイド(統合失調質、統合失調型ではない)に属すると勝手に思っている。となればPCMで近いのは静香·静夫タイプ。裏の絵も、眼の細さで地味な人柄を表現する漫画の定石に従っている。そして例えば、
  • 静香さんは、想像力に秀でていて、物事を思慮深く見つめ、振り返って考える能力に優れています。
  • そのため、ほかのタイプの人が見落としそうな点を冷静に指摘することができます。
となっている箇所。"秀でていて"や"優れています"と云う形容がその通りかどうかは大いに疑問だが、筆者自身の生き方の好みはどう考えてもこの方向を向いている。他に、
  • 口数が少なく、物静かなのは、外に対して発する言葉を必要としないから。
  • 何事も起きない、波風の立たない、ゆったりとした、心穏やかで平和な生活。
  • 世の中の現象や物事は、静香さんにとっては余り重要ではないので、服装や持ち物も流行を追うことはありません。
  • 簡素で飾り気が無く、ただ着られれば良いという感じで、ファッションにはこだわりはなく、ほとんど頓着しません。······派手な柄物は選びません。
  • 人と接したり、人から世話を焼かれたりするのも苦手で、一人の空間を好みます。
  • ひとりといっても、必ずしも物理的にひとりにならなくても、他人と一緒の場にいても、内省、空想にふけっていることが多いといえます。
  • 時間に縛られず、他人からも干渉されず、静かな場所でただ自分のペースで仕事ができれば、能率も上がり、生産性も向上するでしょう。
  • ······細かい作業もひたすら黙々と続けることができます。
等も当てはまる点。女性の視点で書かれているので(「6つのキャラ」に限らず心理学の通俗書は大抵そう)、しっくりしない部分もあるが、まぁ悪くはない。

ところが「6つのキャラ」によれば、日本人男性の6階キャラ、即ち最も弱い傾向として多いのがこの静香·静夫タイプ。筆者の場合、
  • やさしい言葉をかけるのが苦手。あれこれ世話を焼かれるのも苦手。他人への気遣いや配慮に欠ける。他人が自分をどう思っているかは余り気にならない。楽しくおしゃべりすることなどはムダで鬱陶しいと思う。
  • 喜怒哀楽を出すことが少ない。無邪気にはしゃいだり騒いだりできない。他人が笑うようなジョークでもなかなか笑えない。遊び半分や気分任せで仕事をしているように見える人が理解できない。
  • 自分から積極的に行動することができない。絶えず状況が変化していると疲れる。リスクがあると尻込みする。人を動かしたり、先頭に立って引っ張ったりするのが苦手。結果を急ぐ人、事をやたらと急ぐ人が理解できない。
と云う記述は良く当てはまる。順に恵·恵一タイプ、明美·明タイプ、麗華·麗司タイプが最も弱いタイプとなった状況だ。この3つから更に最も弱い傾向を選ぶとなると迷うが、ともかく、

恵·恵一タイプ 明美·明タイプ 麗華·麗司タイプ
倫子·倫郎タイプ 真理·真タイプ
静香·静夫タイプ

と云う序列は明らかになった。下に強い傾向を、上に弱い傾向を置くのがPCMの流儀だ。今日はここ迄。
 
 
Morale Harassment (モラハラ) 2008年10月2日(木)
Infoseek
今日は晴。最近、Morale Harassment (モラハラ)なる言葉が登場している。モラハラはいじめや職権乱用や性的関係の強要とも重なるが、その本質は自己愛に起因した相手を傷付ける行為。筆者が注目したのはhttp://www5a.biglobe.ne.jp/~with3/gyakutai/morahara/hiretusa.htm
 
にあるモラハラの卑劣さ·理不尽さだ。その一部を引用すると、

2)はっきりしない問題点

加害者は、相手の問題点を指摘しているように見えますが、実は、相手にわかるように直接コミュニケーションを取って具体的に提示するわけではありません。

@ほのめかす

加害者は、はっきりとした言葉ではなく、雰囲気や態度によって「私はあなたを認めていない」というメッセージをほのめかします。深いため息、軽蔑したまなざし、硬い表情、力の入った肩、視線をそらす、無視をする、どうとでもとれる言い方などで、少しずつ、でも確実に相手を傷つけていくのです。

A問題点をぼかす

加害者は、被害者が悪いとほのめかしますが、どこがどんなふうに悪いと思っているのかをはっきりと伝えることはありません。問題点や対立点がはっきりすれば、解決へ向けて何かをするということもあり得ますが、ぼかされているために被害者にはどうすることもできません。加害者にとって重要なことは、問題を解決するということではなく、相手を責め自分が優位に立つことなので、この方法はとても都合がいいのです。こうして、とにかく被害者が悪いということだけが残るのです。

B話をそらす

曖昧な言い方でぼかされたとき、被害者は、その言葉の意味や問題点をはっきりとさせるために、具体的に尋ねることがあります。しかし、そのようなときでも加害者は、「そういうことを言っているのではない」と否定はしても、何を言いたいのかという具体的なことは言わず、相手の話の中のひとつの言葉を取り上げて、その言葉がどんなに問題かを攻撃し、巧みに話をそらしていくのです。

Cコミュニケーションの拒否

直接的なコミュニケーションは、加害者によって拒否され続け、話し合いで解決する望みは絶たれます。被害者は、相手が怒っているということだけしかわからず、その中で相手が何を考えているのかを探ろうとし、混乱し、不安になります。もし被害者が加害者と離れたいと思っても、離れるということさえ話し合えません。もうどうすることもできなくなるのです。

とある。17日に少し触れた、筆者をいびったアレア的な上司にそっくりだが、その当時は(実は今でも)筆者も幼く、こうした上司の曖昧で拒絶的な態度を権限委譲と勘違いしていた。だが指示のやり方は鷹揚で放任に近いのに結果の講評では意外と細かく、いつも叱られてばかりで、戸惑った事を思い出す。

それはさて措き、曖昧な云い方の多い者は、自らの考えを具体的にまとめる事の出来ない未熟な人間とされる場合がある。しかし、これは喃語しか喋れない乳幼児からの類推に過ぎない。モラハラは悪であるとしても、上記のほのめかす·ぼかす·そらす態度はまともな大人として認められるには、身に着けざるを得ない処世のテクニックではないだろうか。少なくとも日本では、真意を隠しつつ、或いはまずい事はオブラートに包みつつ、望む方向へ徐々に引っ張る才能が不可欠だ。それこそ、"大人になれない若者"とは、モラトリアムがどうの、アイデンティティ形成がどうの、ピーターパンがどうのこうのと云う前に、こうした曖昧な表現とその解読ができない者を意味している場合が多いのではないだろうか。またまたhttp://anond.hatelabo.jp/20071105005919を引用(要約)するが

SIerの人事は情報工学科出身者は求めていない。それどころか理系出身者すら求めていない。工学を学んだ者の目指すものはまあ大体
  • 研究者
  • クリエイター
  • 高度技能工
だが、SIerでは大学で「情報工学」なり「科学技術の基本」を学んできた人たちが苦手にする仕事群
  • あからさまに「愚民にITを授ける」仕事になっても、愚民にみずからを愚民であると悟らせない
  • バカの夢を壊さないであげて、夢を捻じ曲げて、こっちの都合のよいように洗脳し、不要なものを売りつける
  • 責任のケツもちゲームに自社が勝つ
があるから、文系出身者や理系でも察しの良い者が出世するし、人事も理系を真面目に採らずに文系ばっか採る。

理系はシステムなんかを真面目に作っちゃったりするし、顧客の目的を十分に満たして良いシステム作ろうなんて無駄なことしちゃったりする。「技術的になんとかする」のは理系に期待されることが多いし、実際に期待通りに解決するのは大抵理系だ。しかし評価·感謝はされない。SIの本質は「バカに金を出させて仕事をしないで責任を顧客か下請けに押し付ける」ことで、それをやったにもかかわらず顧客が金をとりかえそうとしなければ大成功だ。

を見ると、システムインテグレーターで求められる資質には、ほのめかす·ぼかす·そらすと云った要素が濃厚に思えて来る。それどころかどんな企業·官公庁でも、建前と現実の落差を云いくるめる事が始めから仕事の様な立場が必ず存在するし、そうでなくとも昇進する程そうした機会が増える。

となると、出世の能力とモラハラは兄弟の様なものになる。1日に紹介した日経ものづくりのホームページの記事で、トヨタOBが優秀な学生(内容からは学力よりも処世術)ばかりはいらない、と発言していたのも、単なる技術志向の現れではなく、モラハラに堕すかもしれない要領の良さ、世渡りの巧みさを警戒しての事だろう。
 
 
言葉の意味:トヨタのバカ社員 2008年10月1日(水)
Infoseek
今日は朝から雨だったが、台風が南寄りの洋上コースを通った為、午後からは秋晴。21日には"優等生"と云う言葉が醸し出す微妙な、しかし正反対の意味に関して触れた。似たような話をもう1つ挙げる。日経ものづくり誌の記者がトヨタを取材して書いたブログ

http://techon.nikkeibp.co.jp/article/TOPCOL/20080729/155655/
 
に面白い話題が掲載されている。先ず、いきなり、

「トヨタはね,バカの集まりだったんですよ」。トヨタ自動車生産調査部出身のあるOBの方は,実に話がうまい。

と云うショッキングな発言から始まり、"バカ"の意味について

このOBが語る「バカ」とは,「熱意のある人」「クルマの技術に一徹な人」という意味を含み,冒頭の表現は次のように言い換えることができるそうだ。

と続ける。「熱意のある人」「クルマの技術に一徹な人」は、世間的印象に基づく限り、どちらかと云えばトヨタより日産文化の所産の様な気がするが、それはさておき、

トヨタ自動車の社員は,「どうせ自分はバカだから,教えてください」と素直に頭を下げて教えを請うことをためらわないというのだ。
 
曰く,ものづくりは「バカ」が引っ張っていく。頭の良い人にはついて行きにくいということが,日本人の心情としてあるのではないか。頭の良い人がリーダーであると,メンバーは自分が馬鹿にされないようにと構え,失敗しないようにと手堅いアイデアや意見しか言わないようになりがちだ。結果,乏しい発想しか出てこず,うまくいかない。

としている箇所を見ると、バカとは他人の能力を引き出す深い鉢の様な謙虚さそのものであり、熱意·一徹とは違う。熱意·一徹も行き過ぎればプライドや押し付けがましさに転化し易い。これに対し、

「頭の良い人」は高感度のラジオのようなもので,雑音が入るからだ。あることに取り組んでいる途中で,「こっちの方がものになりそうだ」という情報が入ってくると,すぐにそっちに行ってしまう。「頭が良い」だけに,「自分がどれだけ出世するか?」という情報に敏感に反応してしまう。途中で,何かをやらずに済む言い訳を見つけた場合でも,すぐにやめてしまう。「バカ」が自分の出世なんかどうでもよいと考え,しばしば寝食を忘れてでも粘り強く取り組む姿勢とは,正反対である。

としている箇所は"バカ"=熱意·一徹に近い。高感度だから出世ばかりを考えていると云う表現にはいささか短絡思考を感ずるが、それでもこの部分の"バカ"からは、21日に触れた理系=アゴン=工学を学んだ者の目指すもの、を連想せずにはいられない。そして、

このOBは,ただひたすら試行錯誤を繰り返し,理屈を解明しながら造り上げていく「ものづくり的思考」が,優れた製品を開発する上でいかに大切かと説いた。「頭の良い人」が往々にしてそのことを忘れてしまい,そうではない人がそれを備えているのは不思議だが,······

この箇所は今一つ、何を云いたいのかはっきりしない。"ただひたすら試行錯誤を繰り返し"からは理屈よりも現場技能を重視する叩き上げの思想が覗えるが、"理屈を解明しながら"は明らかに学者精神を意味している。だが好意的に解釈すれば、どちらも理系の傾向の現れ。だからバカと頭の良い人は、理系と文系の世間的イメージに対応していると看做せそうだ。となれば、最後に、

このOBもまた,「優秀な学生ばかりは要らない」と考えている1人のようだ。

と結んでいる箇所の"優秀"の意味は、受験学力の高さや学問·技術面での優秀さではなく、サラリーマンとしての処世術の優秀さと解釈出来る。

但し21日に指摘した通り、日常語の印象に基づく限り、優秀な学生の優秀さは処世的な優秀さとは対極にある。そもそも、学力低下·理系離れが問題視されていなかった遥か昔にあっては、優秀な学生(要するに偏差値の高い学生)の物足りない点として、巷間で揉まれていない事に起因した、世俗的な能力の欠如が何度も指摘されて来た。それこそ、

  • あからさまに「愚民にITを授ける」仕事になっても、愚民にみずからを愚民であると悟らせない
  • バカの夢を壊さないであげて、夢を捻じ曲げて、こっちの都合のよいように洗脳し、不要なものを売りつける
  • 責任のケツもちゲームに自社が勝つ
 
他人の動きを読んで合わせるとか、幸運の予兆を見つけるとか、そういうのは「アレア」のプレイヤーの得意技となる。だから、「問題自体」よりも、「他人の動き」「周囲の動き」に対して敏感になる。要は「空気を読む=おしゃれ」なタイプである。要するにアレアのプレイヤーが金銭的に富むのは、自分の縄張りを固守するのに全力を集中するからだ。「自分の能力」や「自分の手牌」には自信を持たないアレアのプレイヤーの方が、結果としては広い縄張りを安定して維持する。力が無いところには油断もない。そして往々にして油断が無いほうが結果的には強い。アゴンのプレイヤーは獲物を取るのに夢中で、縄張り争いに煩わされることを嫌がる。「自分の手牌を進めることに夢中」というわけだ。

(http://anond.hatelabo.jp/20071105005919及びhttp://semiprivate.cool.ne.jp/blog/archives/000474.htmlから要約引用)の様な、実社会ではあり勝ちなシーンでは、優秀な学生は却って使えない、と。勿論、筆者の様な全てに亘ってダメな者が存在する事もお忘れなく。

結局、このトヨタOBが良しとする"バカ"は、学問·技術面で優れている理科系人間に近い意味を有している様子だ。優秀でもバカでも、人間の性質を形容する言葉は多義的で難しい。
 
 
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