| PCM(自分を知る「6つのキャラ」)続き | 2008年10月26日(日) | |||||||||||||||||
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今日は昨日迄の予報に反し、雨。25日の続きだが、見極めとチェックポイントを重視する筆者にとって、倫子·倫郎タイプの特徴
そこで倫子·倫郎タイプの特徴をもっと挙げてみよう。外見に関する記述には
これと本質的に同様だが、倫子·倫郎タイプに関する記述
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| PCM(自分を知る「6つのキャラ」)続き | 2008年10月25日(土) | |||||||||||||||||
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今日は曇後晴だが、昨日迄の雨の影響で地面は湿っぽい。23日の続きだが、「6つのキャラ」に関し、筆者が自分自身を
と考えている話題を続けよう。20日に"我流を貫ける"と書いてしまった手前、倫子·倫郎タイプの特徴の内、
当然乍ら、筆者は静香·静夫タイプ寄りと云えども完全に一致はしていないし、真理·真タイプや倫子·倫郎タイプの特徴には更に合致しない点が増えて来る。そして何がどう、合致しないかと云う具体的な中身から、フラフラ、フワフワに受け取られる場合もある筆者の思考法の特徴が浮き彫りになる。 例えば真理·真タイプは
その典型が19日に触れた本の手放し方。"2006年8月から9月に掛けて大量の本を手放した"、と書いたが、実際の作業開始は7月だった。タイムリミットは10月。筆者は真っ先に、周りにあった本を鞄に一杯、詰めてブックオフに売り始めた。はっきり云って焼け石に水。何故、一気に片付けてしまわないのか。だがそうして量と金額に関する感触を掴み、古紙として廃品回収に出すよりは売り物にする事を決断、そして空間を確保し整理整頓を開始。結果的に3度、洋書も含めて引き取ってくれる岡山の業者に発送し、事実上の倉庫になっていた部屋を使用可能にする目標を達成した。 高校時代の志望校の決め方もこの調子で、少なくとも"志望校を決めたから成績が上がる"と云う発想は微塵もなかった。両親は不満だったかもしれない。今日はここ迄。 | ||||||||||||||||||
| PCM(自分を知る「6つのキャラ」)続き | 2008年10月23日(木) | |||||||||||||||||
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今日は雨。20日の続きだが、筆者に於ける「6つのキャラ」の6タイプの現時点で考えている序列は、恵·恵一/明美·明/麗華·麗司タイプの順位付けが難しい事もあり、
に留まっている。下に強い傾向を、上に弱い傾向を置くのがPCMの流儀である事に注意。倫子·倫郎タイプと真理·真タイプ、元々この2つは似ているが、強弱は結論から云えば後者が優位、即ち、
と考えるのが妥当だ。その理由は、
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| PCM(自分を知る「6つのキャラ」)続き | 2008年10月20日(月) | |||||||||||||||||
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今日は晴。昨日の続きだが、筆者に於ける「6つのキャラ」の6タイプの現時点で考えている序列は
となっている。下に強い傾向を、上に弱い傾向を置くのがPCMの流儀である事に注意。早速、弱い傾向である恵·恵一/明美·明/麗華·麗司タイプの順位付けに挑もう。 第1案として、筆者にあっては、
となるのではなかろうか。明美·明タイプと麗華·麗司タイプはともかく、4位に恵·恵一タイプが来る、とする考え方だ。筆者にあって最も強い静香·静夫タイプと恵·恵一タイプは、他者を避けるか求めるかで正反対である。しかし似た側面もある。例えば静香·静夫タイプは予期しない事態に遭遇した場合、
しかし乍ら、
とする、即ち、恵·恵一タイプが最弱で、明美·明タイプと麗華·麗司タイプがまだしも強いとする第2案も悪くはない。明美·明タイプは、
結局、昨日の段階
に戻ってしまった。恵·恵一/明美·明/麗華·麗司タイプの強弱に関して、筆者自身との類似性ではなく、静香·静夫タイプとの類似性を基準にすると云う言葉遊びに傾いたが故に、決まらなかったとの批判もあるかもしれない。だが筆者自身にを基準にしても結論は似た様な物。希薄なタイプの記述には、単に「違う」以上の感想は涌かず、どう、どの程度違うのか具体的なイメージ·エピソードを想像出来ないからだ。次には、倫子·倫郎タイプと真理·真タイプの強弱を考えてみよう。 | ||||||||||||||||||
| PCM(自分を知る「6つのキャラ」) | 2008年10月19日(日) | |||||||||||||||||
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今日は晴。筆者は2006年8月から9月に掛けて大量の本を手放した。手放す本、と云うより残す本の選択基準は内容の個別·具体性。即ち、今は亡き桜楓社を始めとする祭の解説書や写真集は祭一般の理論を扱う物ではなく、特定の「この祭」を扱っていると云う点で他に代え難い性格を有する。よって間違って2冊買った写真集を除き、一切、手を付けていない。逆に(私費で買った)理工系の専門書は、その学術的本質からして、誰の手でも同じ中身に収束すべき物である。表現の巧拙はあるにしても。よって他に代え難い性格を有しないと考え、可能な限り手放した。 その中間にあるのが心理学(大半は性格タイプ論)の本。性格タイプ論では理工学と異なり、考え出した人の個別性が現れる。それが望ましい事かそうでないかが別だが、MBTIでもエニアグラムでも、微妙な解釈の違いに遭遇する。だが結構思い切ってお別れしたので、今では残すべきだったと思う本も多い。 そのせいなのかどうなのか、性懲りも無く買い始めている。矢幡洋がそうだし、下の図の吉野一枝·田中剛太著 自分を知る「6つのキャラ」もそうだ。 | ||||||||||||||||||
![]() 表 ![]() 裏 | ||||||||||||||||||
手放した本たちと比べ、必ずしも高く評価出来る本ではないが、6つの性格に筆者自身を当てはめてみよう。6つの性格とは
ここで筆者が勝手にエニアグラムとの相関を想像すると、
となる。筆者はエニアグラムではタイプ5、それからMBTIではISTJ·ISTP·INTJ·INTPの何れか、Millonの理論ではシゾイド(統合失調質、統合失調型ではない)に属すると勝手に思っている。となればPCMで近いのは静香·静夫タイプ。裏の絵も、眼の細さで地味な人柄を表現する漫画の定石に従っている。そして例えば、
ところが「6つのキャラ」によれば、日本人男性の6階キャラ、即ち最も弱い傾向として多いのがこの静香·静夫タイプ。筆者の場合、
と云う序列は明らかになった。下に強い傾向を、上に弱い傾向を置くのがPCMの流儀だ。今日はここ迄。 | ||||||||||||||||||
| Morale Harassment (モラハラ) | 2008年10月2日(木) | |||||||||||||||||
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| 今日は晴。最近、Morale Harassment (モラハラ)なる言葉が登場している。モラハラはいじめや職権乱用や性的関係の強要とも重なるが、その本質は自己愛に起因した相手を傷付ける行為。筆者が注目したのはhttp://www5a.biglobe.ne.jp/~with3/gyakutai/morahara/hiretusa.htm | ||||||||||||||||||
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にあるモラハラの卑劣さ·理不尽さだ。その一部を引用すると、 | ||||||||||||||||||
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2)はっきりしない問題点 加害者は、相手の問題点を指摘しているように見えますが、実は、相手にわかるように直接コミュニケーションを取って具体的に提示するわけではありません。 @ほのめかす 加害者は、はっきりとした言葉ではなく、雰囲気や態度によって「私はあなたを認めていない」というメッセージをほのめかします。深いため息、軽蔑したまなざし、硬い表情、力の入った肩、視線をそらす、無視をする、どうとでもとれる言い方などで、少しずつ、でも確実に相手を傷つけていくのです。 A問題点をぼかす 加害者は、被害者が悪いとほのめかしますが、どこがどんなふうに悪いと思っているのかをはっきりと伝えることはありません。問題点や対立点がはっきりすれば、解決へ向けて何かをするということもあり得ますが、ぼかされているために被害者にはどうすることもできません。加害者にとって重要なことは、問題を解決するということではなく、相手を責め自分が優位に立つことなので、この方法はとても都合がいいのです。こうして、とにかく被害者が悪いということだけが残るのです。 B話をそらす 曖昧な言い方でぼかされたとき、被害者は、その言葉の意味や問題点をはっきりとさせるために、具体的に尋ねることがあります。しかし、そのようなときでも加害者は、「そういうことを言っているのではない」と否定はしても、何を言いたいのかという具体的なことは言わず、相手の話の中のひとつの言葉を取り上げて、その言葉がどんなに問題かを攻撃し、巧みに話をそらしていくのです。 Cコミュニケーションの拒否 直接的なコミュニケーションは、加害者によって拒否され続け、話し合いで解決する望みは絶たれます。被害者は、相手が怒っているということだけしかわからず、その中で相手が何を考えているのかを探ろうとし、混乱し、不安になります。もし被害者が加害者と離れたいと思っても、離れるということさえ話し合えません。もうどうすることもできなくなるのです。 | ||||||||||||||||||
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とある。17日に少し触れた、筆者をいびったアレア的な上司にそっくりだが、その当時は(実は今でも)筆者も幼く、こうした上司の曖昧で拒絶的な態度を権限委譲と勘違いしていた。だが指示のやり方は鷹揚で放任に近いのに結果の講評では意外と細かく、いつも叱られてばかりで、戸惑った事を思い出す。 それはさて措き、曖昧な云い方の多い者は、自らの考えを具体的にまとめる事の出来ない未熟な人間とされる場合がある。しかし、これは喃語しか喋れない乳幼児からの類推に過ぎない。モラハラは悪であるとしても、上記のほのめかす·ぼかす·そらす態度はまともな大人として認められるには、身に着けざるを得ない処世のテクニックではないだろうか。少なくとも日本では、真意を隠しつつ、或いはまずい事はオブラートに包みつつ、望む方向へ徐々に引っ張る才能が不可欠だ。それこそ、"大人になれない若者"とは、モラトリアムがどうの、アイデンティティ形成がどうの、ピーターパンがどうのこうのと云う前に、こうした曖昧な表現とその解読ができない者を意味している場合が多いのではないだろうか。またまたhttp://anond.hatelabo.jp/20071105005919を引用(要約)するが | ||||||||||||||||||
SIerの人事は情報工学科出身者は求めていない。それどころか理系出身者すら求めていない。工学を学んだ者の目指すものはまあ大体
理系はシステムなんかを真面目に作っちゃったりするし、顧客の目的を十分に満たして良いシステム作ろうなんて無駄なことしちゃったりする。「技術的になんとかする」のは理系に期待されることが多いし、実際に期待通りに解決するのは大抵理系だ。しかし評価·感謝はされない。SIの本質は「バカに金を出させて仕事をしないで責任を顧客か下請けに押し付ける」ことで、それをやったにもかかわらず顧客が金をとりかえそうとしなければ大成功だ。 | ||||||||||||||||||
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を見ると、システムインテグレーターで求められる資質には、ほのめかす·ぼかす·そらすと云った要素が濃厚に思えて来る。それどころかどんな企業·官公庁でも、建前と現実の落差を云いくるめる事が始めから仕事の様な立場が必ず存在するし、そうでなくとも昇進する程そうした機会が増える。 となると、出世の能力とモラハラは兄弟の様なものになる。1日に紹介した日経ものづくりのホームページの記事で、トヨタOBが優秀な学生(内容からは学力よりも処世術)ばかりはいらない、と発言していたのも、単なる技術志向の現れではなく、モラハラに堕すかもしれない要領の良さ、世渡りの巧みさを警戒しての事だろう。 | ||||||||||||||||||
| 言葉の意味:トヨタのバカ社員 | 2008年10月1日(水) | |||||||||||||||||
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今日は朝から雨だったが、台風が南寄りの洋上コースを通った為、午後からは秋晴。21日には"優等生"と云う言葉が醸し出す微妙な、しかし正反対の意味に関して触れた。似たような話をもう1つ挙げる。日経ものづくり誌の記者がトヨタを取材して書いたブログ http://techon.nikkeibp.co.jp/article/TOPCOL/20080729/155655/ | ||||||||||||||||||
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に面白い話題が掲載されている。先ず、いきなり、 | ||||||||||||||||||
| 「トヨタはね,バカの集まりだったんですよ」。トヨタ自動車生産調査部出身のあるOBの方は,実に話がうまい。 | ||||||||||||||||||
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と云うショッキングな発言から始まり、"バカ"の意味について | ||||||||||||||||||
| このOBが語る「バカ」とは,「熱意のある人」「クルマの技術に一徹な人」という意味を含み,冒頭の表現は次のように言い換えることができるそうだ。 | ||||||||||||||||||
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と続ける。「熱意のある人」「クルマの技術に一徹な人」は、世間的印象に基づく限り、どちらかと云えばトヨタより日産文化の所産の様な気がするが、それはさておき、 | ||||||||||||||||||
| トヨタ自動車の社員は,「どうせ自分はバカだから,教えてください」と素直に頭を下げて教えを請うことをためらわないというのだ。 | ||||||||||||||||||
| 曰く,ものづくりは「バカ」が引っ張っていく。頭の良い人にはついて行きにくいということが,日本人の心情としてあるのではないか。頭の良い人がリーダーであると,メンバーは自分が馬鹿にされないようにと構え,失敗しないようにと手堅いアイデアや意見しか言わないようになりがちだ。結果,乏しい発想しか出てこず,うまくいかない。 | ||||||||||||||||||
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としている箇所を見ると、バカとは他人の能力を引き出す深い鉢の様な謙虚さそのものであり、熱意·一徹とは違う。熱意·一徹も行き過ぎればプライドや押し付けがましさに転化し易い。これに対し、 | ||||||||||||||||||
| 「頭の良い人」は高感度のラジオのようなもので,雑音が入るからだ。あることに取り組んでいる途中で,「こっちの方がものになりそうだ」という情報が入ってくると,すぐにそっちに行ってしまう。「頭が良い」だけに,「自分がどれだけ出世するか?」という情報に敏感に反応してしまう。途中で,何かをやらずに済む言い訳を見つけた場合でも,すぐにやめてしまう。「バカ」が自分の出世なんかどうでもよいと考え,しばしば寝食を忘れてでも粘り強く取り組む姿勢とは,正反対である。 | ||||||||||||||||||
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としている箇所は"バカ"=熱意·一徹に近い。高感度だから出世ばかりを考えていると云う表現にはいささか短絡思考を感ずるが、それでもこの部分の"バカ"からは、21日に触れた理系=アゴン=工学を学んだ者の目指すもの、を連想せずにはいられない。そして、 | ||||||||||||||||||
| このOBは,ただひたすら試行錯誤を繰り返し,理屈を解明しながら造り上げていく「ものづくり的思考」が,優れた製品を開発する上でいかに大切かと説いた。「頭の良い人」が往々にしてそのことを忘れてしまい,そうではない人がそれを備えているのは不思議だが,······ | ||||||||||||||||||
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この箇所は今一つ、何を云いたいのかはっきりしない。"ただひたすら試行錯誤を繰り返し"からは理屈よりも現場技能を重視する叩き上げの思想が覗えるが、"理屈を解明しながら"は明らかに学者精神を意味している。だが好意的に解釈すれば、どちらも理系の傾向の現れ。だからバカと頭の良い人は、理系と文系の世間的イメージに対応していると看做せそうだ。となれば、最後に、 | ||||||||||||||||||
| このOBもまた,「優秀な学生ばかりは要らない」と考えている1人のようだ。 | ||||||||||||||||||
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と結んでいる箇所の"優秀"の意味は、受験学力の高さや学問·技術面での優秀さではなく、サラリーマンとしての処世術の優秀さと解釈出来る。 但し21日に指摘した通り、日常語の印象に基づく限り、優秀な学生の優秀さは処世的な優秀さとは対極にある。そもそも、学力低下·理系離れが問題視されていなかった遥か昔にあっては、優秀な学生(要するに偏差値の高い学生)の物足りない点として、巷間で揉まれていない事に起因した、世俗的な能力の欠如が何度も指摘されて来た。それこそ、 | ||||||||||||||||||
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| 他人の動きを読んで合わせるとか、幸運の予兆を見つけるとか、そういうのは「アレア」のプレイヤーの得意技となる。だから、「問題自体」よりも、「他人の動き」「周囲の動き」に対して敏感になる。要は「空気を読む=おしゃれ」なタイプである。要するにアレアのプレイヤーが金銭的に富むのは、自分の縄張りを固守するのに全力を集中するからだ。「自分の能力」や「自分の手牌」には自信を持たないアレアのプレイヤーの方が、結果としては広い縄張りを安定して維持する。力が無いところには油断もない。そして往々にして油断が無いほうが結果的には強い。アゴンのプレイヤーは獲物を取るのに夢中で、縄張り争いに煩わされることを嫌がる。「自分の手牌を進めることに夢中」というわけだ。 | ||||||||||||||||||
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(http://anond.hatelabo.jp/20071105005919及びhttp://semiprivate.cool.ne.jp/blog/archives/000474.htmlから要約引用)の様な、実社会ではあり勝ちなシーンでは、優秀な学生は却って使えない、と。勿論、筆者の様な全てに亘ってダメな者が存在する事もお忘れなく。 結局、このトヨタOBが良しとする"バカ"は、学問·技術面で優れている理科系人間に近い意味を有している様子だ。優秀でもバカでも、人間の性質を形容する言葉は多義的で難しい。 | ||||||||||||||||||
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