綾紫の日記
2008年12月11日〜20日

 
裁判員制度に反対(続き)/私のしごと館(続き)
2008年12月20日(土)
Infoseek
今日は晴。筆者の日記は元々、祭の写真を撮ったらそのダイジェスト版を素早く掲載する為の、又エニアグラムやMBTIその他心理学理論に関する考えを断片的であってもこれまた素早く掲載する為の日記だったが、忙しくなって前者は休止状態、後者も途切れ途切れで、結局時事問題日記になっている。さて、庶民を徴用する身勝手な精神の現れ·裁判員制度に筆者は反対だが、いろいろと現実的な問題点も見えて来た様子だ。
 

先ず朝日(www.asahi.com/national/update/1220/TKY200812200127.html)は、
  • 09年度予算の財務省原案では来年5月から始まる裁判員制度に向け、主な経費で約79億円が計上された。
と、裁判員制度の実施に伴う費用の側面に触れている。裁判員とその候補者に対する旅費·日当が22億円、国選弁護人等の費用が67億円。筆者が批判して来た私のしごと館の10倍の年間運営費で、不況に喘ぐ庶民を助けるのではなく、苛める政府。それでも、
  • ただし、08年度は法廷の改修や評議室の設置などの費用もあったため、全体の予算額は26億円減った。
とあるから、実に、裁判員制度は結局、壮大な箱物行政だった事が露呈した。やれやれ。
 
 

次は神戸新聞(www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0001622354.shtml)。裁判員制度には、
  • 開始まで五カ月に迫った裁判員制度で、暴力団組員が裁判員に選ばれる可能性があり、警察関係者らは懸念している。
と云う懸念材料がある様子だが、
  • しかし、裁判員法が規定する排除対象には、暴力団組員が含まれておらず、最高裁は「個人情報を勝手に調べて排除することはできない」という立場だ。
の様な具合で、暴力団組員が裁判員に選ばれる可能性は拭えない状況だ。裁判員制度に対する反対理由の1つとして、偏った考え方を有する者を排除し辛いのではないか、と云う意見があり、これと似た課題が現実味を帯びて迫って来ている。暴力団組員を排除出来ない点は裁判員法案作成の際の単なる見落としだろうが、困った事なのは確かだ。裁判員制度がなければ、こんな懸念もなくなるのだが。
 
 

それから時報ドットコム(www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008122000318)。
  • ······裁判員候補者3人が20日、東京都内で記者会見し、「重大事件を裁く心理的負担は大き過ぎる」と訴え、参加を拒否する考えを示した。裁判員法は候補者の氏名などの公表を禁じているが、3人はいずれも実名を明かして会見に臨んだ。
とある。こうした行動を起こす者は馬鹿かもしれないが、その勇気には敬意を抱き、稚気を受け入れ、切迫感を尊重せざるを得ない。筆者や、筆者の目の届く処にいる人々はこの不幸の赤紙をとりあえず逃れたが、幸運は未来永劫、続くとは限らない。こうした動きを権力の座にある人々は、庶民の痛切な願いと受け取るべきだ。
 
 

そして読売(www.yomiuri.co.jp/e-japan/nagano/news/20081219-OYT8T00710.htm)。小さい子がいる裁判員·候補者の問題も切実だが、長野地裁と地裁松本支部の周辺では保育体制の整備が十分でない模様。
  • 東京都品川区は今月、乳幼児のいる保護者が裁判員に選任された場合、一時保育料を無料化すると発表した。その後、複数の自治体が同様の方針を打ち出している。
とある様に、裁判員対策としての保育に熱心な自治体もあるが、それはたまたまドーナツ化現象で余裕があった為ではなかろうか。松本市の状況は、
  • しかし、松本市は市外からの乳幼児受け入れは基本的に認めておらず、公立保育園の利用時間も午後5時頃まで。今年3月には、厚生労働省から、受け入れ態勢の整備を求める通知があったという。市保育課の担当者は「できるだけ早く対応したいが、裁判員だけ特別に受け入れるのか、制度自体を変えるのか検討しなければならない」と話す。
と云った具合。それにしても小さい子を持つ親(特に母親)に、育児を他人に譲らせて、裁判権を行使させる事が人権尊重とでも思い込んでいるのだろうか。馬鹿馬鹿しい。指摘にあるように、保育料やタクシー代は出ない。その上、裁判の当事者(被告·被害者)やマスコミから1人ではなく2人をどう守るか、何の対策もない。辞退権を拡大すれば、そして勿論、裁判員制度を廃止すれば、こんな悩みは消える。
 
 

最後に私のしごと館に話題を変える。京都新聞(www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2008122000163&genre=A1&area=K00)は来年度予算の財務省原案に関し、
  • 売却方針が示された職業体験施設「私のしごと館」(京都府精華町、木津川市)の運営交付金7億8200万円は厚生労働省の要求通り認められた。9月から運営の民間委託が始まったが、甘利明行政改革担当相と舛添要一厚労相は廃止後の売却方針で合意している。財務省は「正式決定はしておらず、2年間の委託契約期間が残っている」として来年度も引き続き運営交付金が計上された。
と述べている。運営交付金とは私のしごと館を運営する為に国が雇用保険から捻出した金で、純粋な営利施設では赤字に相当する。そしてこの額約8億円弱は、運営を委託されている(株)コングレの努力で減った後の額であり、国立国会図書館関西館の運営経費約15億円を下回る処に来ている。だがやはり、筆者は廃止が妥当だと考えている。
 
私のしごと館も国立国会図書館関西館も、相前後してオープンしたけいはんな地区の巨大箱物だが、前者だけが批判されているのは雇用·能力開発機構の乱脈経営への腹いせ、と云う側面がある事は確かだ。しかし先ず、雇用保険の使い途として、中学生·高校生向けの、資格や技能に直結しない職業キャリア教育を謳う施設はやはり逸脱だと筆者は考えている。逆に云えば、教育施設らしく、文部科学省が、しかも雇用保険ではなく税金で運営していれば問題はない様にも見えるが、次に考えるべき事として、疑似体験を核とする職業キャリア教育がそんなに重要事項か、単なるアミューズメントではないのか、と云う疑念を筆者は抱いている。だから廃止。
 
 
裁判員制度に反対(続き)
2008年12月18日(木)
Infoseek
今日は曇。庶民を徴用する身勝手な精神の現れ·裁判員制度に筆者は反対だ。
 

先ずMSN産経(sankei.jp.msn.com/politics/policy/081216/plc0812161101006-n1.htm)は、
  • 森英介法相は16日午前、閣議後の記者会見で、公明党の浜四津敏子代表代行が将来的には裁判員制度の見直しは避けられないとの見方を示したことに関し「裁判への参加を義務としてのみとらえず、司法に直接参加できる権利として積極的に受け止めてほしい」と理解を求めた。
  • 浜四津氏は15日の福岡市の講演で「スムーズにいくか危惧(きぐ)している。裁判に参加する義務は憲法には明記されておらず、いずれ憲法に規定を作るか、制度の見直しという話になるのではないか」などと述べた。
と、政治家の発言を取り上げている。浜四津敏子の憲法発言は、今の裁判員法が日本国憲法に違反する疑いを認めた事に相当する。ならば何故、もっと廃止に言及しないのか。裁判員制度に対する庶民の賛意度は低く、社民党と国民新党が延期の議論を始めている。苦境に立っている与党陣営こそ、裁判員制度の撤回で野党に先行し、「憲法に規定を作る」よりも「制度の見直し」、もっと云えば廃止に突っ込み、庶民に迷惑を及ぼさない国の運営を目指すべきだ。
 
一方、森英介の発言は頂けない。凡そ裁判でもし裁判権を許されるならば、これを最も権利と感ずるであろう者とは、当事者(被告·検察·被害者)だ。だが、裁判の建前は公正·中立。だからこそ、裁判員法は裁判の対象となる事件に縁のありそうな者を裁判員に選ばない規定を有している。となれば裁判への参加の見返りは金銭的報酬だけになる。法的な判断力に関する誇が報酬たり得るのは本職の法曹だけで、庶民は無縁。実際、立法·行政への間接的な参加、即ち選挙の権利行使の見返りは、私のしごと館の様な箱物行政と云う、やはり金銭を介した報酬になっている。これを衆愚政治と批判する事は容易だが、批判で筆者の様な見識のない庶民を所謂"市民"や"公衆"に変える事は出来ない。良し悪し抜きでこうした現実を受け留めるならば、報酬の増額は現実的でないだろうから、庶民に反感を惹起しない裁判員制度とは、本来の仕事を阻害する様な日常の放擲を求めない制度、要するにパブコメを求めるホームページの開設か、せいぜい、志願制ぐらいだ。
 
 

次は毎日(mainichi.jp/select/wadai/news/20081205ddm041040078000c.html)。最高裁判所が、裁判員制度に関する有識者会議を設ける模様。裁判員制度の拡充ではなく、縮小、廃止の方向を祈るしかない。
 
 

最後は河北新報(www.kahoku.co.jp/shasetsu/2008/12/20081212s01.htm)。仙台と広島で起きた事件に関し、それぞれの地方裁判所が裁判員制度を目前に控え、迅速化を目指した審理を行った。しかしその判決に対し、高等裁判所が説明不足を批判、審理のやり直しを命じている。拙速裁判が不可避な裁判員制度の問題が浮かび上がった。
 
 
裁判員制度に反対(続き)
2008年12月17日(水)
Infoseek
今日は曇後晴だが、一時雨。庶民を徴用する身勝手な精神の現れ·裁判員制度に筆者は反対だ。
 

先ず、朝日新聞(www.asahi.com/politics/update/1217/TKY200812170411.html)は、
  • 社民党と国民新党は17日、来年5月に始まる裁判員制度について、「制度そのものには反対しないが、国民の理解は深まっておらず、不安も解消されていない」などとして、問題点が解決されなければ実施を延期するよう求めていくことで合意した。今後、民主党や共産党にも働きかけていくという。
と報じている。「制度そのものには反対しない」とは何とも曖昧な表現だが、過去、裁判員制度に賛成した前科があるから、今更、全廃とは云い難いのだろうか。ネット上では何とか委員会の議論で自民党から思想信条による辞退も認めろ、との意見が出たとか、政治家個人は結構、まともな判断をしている様子だが、やっとまとまった政治的動きが出た。社民党と国民新党、頑張れ。勿論、野党だけでなく、苦しい立場にある与党ももっと庶民の立場に立って、裁判員制度に疑問をぶつけて欲しい。
 
 

次はMSN産経(sankei.jp.msn.com/affairs/trial/081216/trl0812161948005-n1.htm)。裁判員候補者専用のコールセンターに届いた電話の内、半数以上が辞退に関する物だった事実は、庶民の裁判員制度に関する意見が何か、雄弁に表現している。
 
 
裁判員制度に反対(続き)
2008年12月16日(火)
Infoseek
今日は晴。庶民を徴用する身勝手な精神の現れ·裁判員制度への懸念を表しているニュースページを紹介しよう。
 

先ず、河北新報(www.kahoku.co.jp/news/2008/12/20081216t73023.htm)は、庶民の胸の裡の立場に立つ大変、貴重な記事を出している。
  • 「来年度から裁判員休暇制度を設ける。有給休暇扱いになる」という。それでも男性は「裁判員になりたくない」と思い、2日後に白紙のまま調査票を送り返した。「法律の知識がない人が裁くなんて、あり得ない。自分が被告ならプロの裁判官だけで裁かれたい」同封された制度の仕組みをQ&A方式で解説する冊子にも引っ掛かった。「ソフトタッチで丸め込もうという意図が見え見え。重大事件ばかりを扱うヘビーさは何も書いていない。ずるいよ」
裁判員には法律の知識は不要だ、としばしば云われている。だがこれは詭弁。庶民が自らに欠けると感じている"法律の知識"には、第何条に何が書いてあるか、と云った細かい条文の知識に留まらず、裁判に於いて不可欠な法律を運用する様々な暗黙知、形式知も含まれていると解釈するのが自然だ。だから、法律の知識がない人が裁く事に疑問を感ずる精神は大変、健全であり、これを失うと傲岸不遜な自己愛人間になる。こんな事は皆、知っている筈だが、裁判員制度を推進する人々は意図的に"法律の知識"を狭く解釈している。困った事だ。
  • 小学1年生と2歳の子どもがいる。「下の子を保育施設で何時まででも預かってくれるのか」「代わりに上の子を学校へ迎えに行ってくれるのか」。さまざまな不安が頭をよぎった。調査票は「養育」の項目にマークした。自書欄に「実家が遠く、夫も常に深夜帰宅。周囲に頼れる人がいない」と書き、9日に返送した。
育児や介護も、深刻な問題。最近、保育園で一時保育をやってくれる自治体も現れてはいるが、入園待ちである場合が多い保育園に、そんな余裕があるのか。しかも2才前後の幼児は後追い期から抜けていない場合もある。低学年の子供になると、親がいない状況でこそ伸び伸び遊べると云う側面もある。しかし昔、鍵っ子がどうのこうの、と共働きで子供の面倒を見られない親を非難する意見も多かった。こうした安全な高みから批判して悦に入るしたり顔は実生活の厳しさを理解していない場合が多いが、それでもやはり育児·介護は、裁判員制度を作る際には立ち止まって真剣に考えねばならない課題だ。今の処、育児·介護を抱えている庶民には辞退を認める様、裁判員制度を実施する側に祈るしかないのだが。
 
 

次は読売(www.yomiuri.co.jp/national/news/20081216-OYT1T00089.htm)。こちらも庶民の声だ。
  • 「子供が楽しみにしている夏のキャンプの時期は譲れない」。北海道網走市内に暮らす30歳代のトラック運転手の男性は、小学生の娘の夏休みにあたる7月と8月は「養育」を理由に辞退を希望する旨を回答票に記入し、返送した。家族そろってのアウトドア派で、夏の間は3回ほど道内でキャンプを楽しんでいる。花火大会などに時期を合わせて出かけているため、日程をずらすことはできない。
こうした声を、キャンプなんて所詮、時間的制約のない私生活、とは思わないでくれ、と裁判員制度を実施する側にこれまた祈るしかない。裁判員制度の理由として庶民の健全な常識を裁判に反映させると云う意図があるが、人の恨みを買わない立ち振る舞いは、健全な常識の基本だ。なお、
  • 「選挙で投票するのと同じように、国民としての義務はちゃんと果たさないといけない」。鳥取市内に住む50歳代の男性は、通知に同封されたパンフレットをじっくり読み、辞退を希望しないことに決めた。
  • 「仕事上の都合」を理由に、参加が難しい時期を選ぶことができたが、「私1人が抜けるだけなら代わりはいるし、融通は利くから大丈夫だ」と思った。通知を受けた後、刑事裁判のニュースへの関心が前より高まったという。
  • 「1か月半ぐらい前に呼び出し状が来るから、それから準備しておけば3日ぐらいはカバーできる。職場のみんなも温かく送り出してくれるだろう」と迷いはなかった。
にある様に、庶民全員が、必ずしも裁判員を忌避したがっているとは限らない。少数派かもしれないが、裁判員はこうした層から選ぶべきだ。おっと、筆者の意見は裁判員制度廃止だが、もし実施せざるを得ないなら、庶民の事情に最大限の配慮を、と云う意味でこう、表現している。
 
 

最後はMSN産経(sankei.jp.msn.com/affairs/trial/081215/trl0812152108019-n1.htm)。だんじり祭り中に裁判員に選ばれたら、と云うユーモラスなアンケート調査を、大阪地裁堺支部が行っている。
  • だんじり祭りに関する回答では「伝統行事への参加と裁判への参加は両立しないわけではない」といった意見のほか、「準備を含めて行事を変更するのは難しい」「祭りに関する役職が多い」など祭りを重視するとみられる声もあった。
東京圏にいた昔、筆者が祭に興味を持ち始めたきっかけは、10月に開催される川越祭(埼玉県川越市)を見ての事だった。それ以降、東京圏の様々な山車の祭を始めとして、関西圏に来てからは、名古屋圏の様々な山車祭や京都の祇園祭、神戸市東灘区のだんじり祭を追っ掛けて来た。今は奈良市にいるが、奈良圏で多いのは布団太鼓。伝統を破壊するな、と裁判員制度を実施する側にこれまた祈るしかない。
 
今日は「祈るしかない」と3度も書いた。祈るしかない困った制度は廃止するしかない。
 
 
南東を望む/私のしごと館(続き)
2008年12月15日(月)
Infoseek
今日は晴。南東の方角を望む。右に見える森は垂仁天皇陵。

 

さてここ数日、私のしごと館を取り上げ来たが、厚生労働省の報告書(www.mhlw.go.jp/shingi/2008/12/dl/s1210-5a.pdf)は
  • 本検討会においても、私のしごと館の設立自体については、巨額の費用を要したことをはじめ、コスト意識に欠けた点については、真摯な反省が必要であることは全員一致した見解であり、私のしごと館事業の存廃の検討に当たっては、上記の事情を考慮する必要があると考えられる。
の様に口先で反省しているに留まっている。こんな反省は要らない。反省を感じさせる施策の提案、例えば職業キャリア教育の必要性を見直す、中学生·高校生を対象とする行為から厚労省は手を引く、現状の私のしごと館の廃止に留まらず、今後の活動に於いても雇用保険の使い途を慎重に考える等の提言がない処が腹立たしい。それどころか、報告書は職業キャリア教育の拡充を謳い、私のしごと館に金は出せないが機能は維持すべきだと要求する。そこで一句。

しごと館  未練たらたら  焼け太り

 
私のしごと館(続き)
2008年12月14日(日)
Infoseek
今日は昨日深夜の雨が尾を引き、薄曇。12月10日に明らかになった厚生労働省の私のしごと館の今後に関する報告書(www.mhlw.go.jp/shingi/2008/12/dl/s1210-5a.pdf)に対し、筆者は
  • 私のしごと館を雇用保険に代えて税金で運営する含みを残しているのではないか
  • 私のしごと館の廃止に対抗する焼け太りを企図しているのではないか
  • 私のしごと館の有効活用は現実に可能か
と云う3点から、疑問を投げ掛けて来た。第1点、私のしごと館に関わる国の支出が「事業主負担のみから成る雇用保険上の拠出からの支出」と云った具合で狭く定義されており、国の支出全般と受け取られる可能性を巧みに回避している点。第2点、疑似体験サービスの上位概念である職業キャリア教育の縮小ではなく、「各地における幅広い」と云う表現で充実を唱えている点。第3点、国費を出さないと云う意味での廃止後も、現実の厳しさを知りながら、未練がましく疑似体験サービスの継承を求めている点。
 
今日は今迄述べて来た話の繰り返しになるが、疑似体験サービスを廃止すると仮定して、第3点を追求しよう。
 
12月11日(木)に挙げた様に、舛添厚労相は「例えばショッピングモールに変えたいという方がおられるかもしれない。あらゆる可能性を探って考える」と述べ、事業継続にこだわらない考えを示しているが、ショッピングモールは無理。筆者はこれまで、私のしごと館のあるけいはんな精華·西木津地区は必ずしも田舎ではない、と述べて来たが、そう思える様になったのは実は2005年にユータウンけいはんながオープンして以降である。ユータウンけいはんなは大型スーパーを中心に電器·ファッションの店やスポーツジムが集まった広大な区画であり、更にその東の区画にはコーナンもある。即ち、ユータウンの計画が具体化する前迄が、私のしごと館の廃業·転用を決めるチャンスだった。現在、私のしごと館の向かい側にも小規模なショッピングセンターや酒の量販店が出来ている。今更、お店はいらない。
 
ところで、けいはんな精華·西木津地区の「けいはんな」の正式名称は「関西文化学術研究都市」であり、実際、産官学の研究所も多い。となれば私のしごと館を研究機関に転用する案も基本的に悪くはないが、産=民が購入·入居する可能性は小さい。けいはんな精華·西木津地区に於いては住友金属(株)が2002年、(株)キヤノンが2004年に撤収している。跡地に(独)情報通信研究機構 けいはんな研究所、同志社大学が入居しているので、官·学の施設ならばあり得るが、難点は巨大過ぎる点。一部を貸与する発想も不自然ではないが、研究機関やベンチャー企業に対する賃貸事業をずっとやって来た半官半民企業 (株)けいはんなが昨年11月に民事再生法の申請を行い、現在、再出発中である事を考えると、この道も険しそうだ。
 
根本的な事を云えば、日本はどの途、少子化に伴う人口減少や東京圏への一極集中現象に苛まれざるを得ない。国土交通省が2006年以降の、私のしごと館のあるけいはんな地区の活性化に向けまとめたサード·ステージ·プランを下に挙げるが、不十分、不足、遅れ、未整備等、発展の度合いが小さい事を指摘している(www.mlit.go.jp/crd/daisei/daikan/tsp_sakutei/tsp_final.pdf)。似た様な事は京都府も感じている(www.pref.kyoto.jp/bunkaga/resources/1198115539788.pdf)。だからこそ、高額な箱物としての私のしごと館が来たのだ、と解釈出来ないでもないが、いざ、真に活用する事を求められるとその容量を埋めるに足る仕事がない。結局、更地に戻して例えばゆったりとした宅地に転用する等の方向が一番、賢明な選択肢かもしれないのだ。
 
なお、私のしごと館の嫁ぎ先に相応しいと思われる施設が、昔、けいはんな開発の構想段階で検討されていた様子だ。wikipediaで関西文化学術研究都市を検索すると(ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E8%A5%BF%E6%96%87%E5%8C%96%E5%AD%A6%E8%A1%93%E7%A0%94%E7%A9%B6%E9%83%BD%E5%B8%82)、以下の意外な話が見つかった。先ず、
  • 建設の契機は奥田東·京都大学名誉教授が中心となった「関西学術研究都市調査懇談会」(通称·奥田懇談会)の提言によるものが大きかった。彼は提案の理由を、「ローマクラブの研究報告『成長の限界―ローマ·クラブ人類の危機レポート』を読み、その内容に深い衝撃を受けたためだ。」と語った。
に関し、"成長の限界"はこの種の堅い本としては異例の、70年代のベストセラーだった様な記憶が、筆者にもある。どうして、エネルギー危機から関西圏の都市開発が演繹出来るのか、不思議だが、それはともかく、
  • 奥田懇談会に参加していた梅棹忠夫(当時·国立民族学博物館館長)は、「学術研究都市」構想が理工学系の研究だけを重視する方向に偏ることを危惧し、文化開発の重要性を指摘した(「新京都国民文化都市構想」)。梅棹のこの提案をきっかけとして、「学術研究都市」に「文化」の語が加わり、「文化学術研究都市」と呼ばれるようになった。
  • 1980年4月 梅棹忠夫·国立民族学博物館館長が「新京都国民文化都市構想」(『中央公論』第95年第4号)を発表。京都の郊外(学研都市が示唆されていた)に巨大文化施設を建設することを提唱。梅棹構想は、1979年-1982年におこなわれた大平正芳内閣の政策研究会の「田園都市国家構想グループ」でも採用された。
  • 1981年8月 梅棹提案を受け、京都府は京都府南部の南山城地区(学研都市)に巨大文化施設としての国立総合芸術センター(仮称)を建設することを提唱した(ただし、同センター建設構想は未実現)。
  • 梅棹忠夫の「新京都国民文化都市構想」での提案を受けて京都府が推進しようとした国立総合芸術センターは、世界最大の芸術博物館、芸術劇場、芸術研究所、芸術文化大学校などからなる巨大複合文化施設(梅棹は奈良時代の「総国分寺」になぞらえた)であるが、現在のところでは実現の目途はまったくたっていない。
を見ると、梅棹忠夫が昔、巨大な"国立総合芸術センター"を考えていた事が分かる。筆者は箱物行政には反対だが、もし国立総合芸術センターの建設が不可避な現実味を帯びて来たならば、まさに私のしごと館の有効活用先にピッタリだ。
 

国交省資料より抜粋

 
 
私のしごと館(続き)
2008年12月13日(土)
Infoseek
今日は晴。昨日の続きだが、筆者の報告書(www.mhlw.go.jp/shingi/2008/12/dl/s1210-5a.pdf)に対する疑問は、
  • 私のしごと館を雇用保険に代えて税金で運営する含みを残しているのではないか
  • 私のしごと館の廃止に対抗する焼け太りを企図しているのではないか
  • 私のしごと館の有効活用は現実に可能か
の3つ。今日は1番目に関して補足すると共に、2番目と3番目にも触れよう。
 
先ず、税金と焼け太りから。
 
報告書は私のしごと館の廃止に踏み込む一方、疑似体験サービスの上位概念である職業キャリア教育には未練を残している様子で、
  • なお、最近、文部科学行政において、地域企業等と連携して様々な職業キャリア教育の取組が行われるようになっている。今後、これまで私のしごと館で培ったノウハウを活かし、文部科学省との連携を図りつつ、各地における幅広い職業キャリア教育の充実に繋げていくことが望まれる。
と"VI 存廃について"で述べている。報告書「案」にはなかった部分なので、"私のしごと館のあり方検討会"の委員の中に熱心な職業キャリア教育推進派がいて捻じ込んだのかもしれないが、それはともかく前半の······地域企業等と連携して様々な職業キャリア教育の取組······、これは地域の企業の見学会の意味だろう。而るに後半には私のしごと館で培ったノウハウを活かしとある。私のしごと館の運営のノウハウが見学会でも活きるとは思えないが、更に各地における幅広い職業キャリア教育の充実と云う表現もある。即ち、新·私のしごと館を各地に建設し、その運営には現·私のしごと館での経験を活かす、と読めてしまう。となると、11月22日(土)に挙げたpdf資料(www.mhlw.go.jp/shingi/2008/06/dl/s0601-1a.pdf)と見事に符合する焼け太りだ。しかも文部科学省との連携を図りつつと云う箇所は新·私のしごと館の建設と運営に文部科学省の金、即ち税金を恵んでほしいと叫んでいるのではなかろうか。
 
筆者は私のしごと館を廃止すべきだと思っているが、それは第1に、必ずしも労働者·求職者ではない中学生·高校生に対して、資格や技能に直結しない疑似体験サービスを行う事が、雇用保険の目的から逸脱していると感じられる為。実際、もし疑似体験サービスが教育の1つとして捉えるに値する行為ならば、税金で運営してもおかしくはない。だが疑似体験サービスやその上位概念である職業キャリア教育がそもそも中学生·高校生にとって真に望まれる教育か否か、筆者は疑問に思う。これが第2の理由である。
 
次に、有効活用に移ろう。こちらも未練がましい。
 
報告書が今の私のしごと館の建物を有効活用したいと考えている根拠は金の問題で、それは
  • ······更地鑑定価格及び取り壊し費用を調べたところ、更地鑑定価格は約37億円、取り壊し費用は約29億円であった。取壊し費用が多額にのぼること、現在の経済情勢から判断すると更地鑑定価格である37億円で売却することは難しい······
と云う箇所に現れている。最も好都合な場合でも、取り戻せる額は8億円。となると今の建物の有効活用は自然な発想だが、その為には用途を規制すべきではないし、最悪の場合、やっぱり更地に戻す様な選択肢も除外すべきではない。
 
だが報告書から読み取れるのは、金は出せないが、疑似体験サービスを維持すべきだ、と云う未練。今年9月から、私のしごと館の運営は、民間の創意工夫に委ねて収支の改善を行うと云う題目の元、(株)コングレに委託されている。契約期間は2年で、報告書はこの間の契約遵守を求めており、その理由として
  • いったん施設を閉鎖してしまうと集客力を回復することは難しいので、その後の有効活用の途を閉ざしてしまい、······
と云う問題を指摘しているが、この場、有効活用が集客施設としての活用に限定されている。私のしごと館のあるけいはんな精華·西木津地区に多い研究所への改装(これも険しい道だろうが)は眼中にない様子だ。また廃止迄の時間に何をすべきかに関して、
  • ······これを引き継ぐ事業者が安定した経営を維持しつつ施設運営をするためのビジネスモデル(例えば、企業ブースの設置によろ収入の確保)やコンセプト(例えば、ものづくり人材の確保)を構築する必要がある。
  • なお、国の事業としての私のしごと館事業が廃止になるとしても、それによって、委託を受けた株式会社コングレの運営努力や本検討会の議論が無意味になるわけではない。······その間、施設を閉鎖するのではなく、極力、集客力を高める観点から、本検討会の委員の意見にもあるようにサポート体制を構築し、株式会社コングレによる運営を支援しつつ、新たなビジネスモデルを探求することにより、安定した経営をできる体制に円滑に引き継ぐことが望ましい。
と述べている箇所。上に引用した箇所では「引き継ぐ」と云う言葉が登場している。要するに、疑似体験サービスを止めないならば、私のしごと館を(格安で?)売って、又は貸してあげますよ、との主張として受け取れる。
 
これは茨の道。報告書は"IV 民間委託の実施及びその評価"で(株)コングレの取り組みを概ね、高く評価しつつも、
  • 5年後5割という当初設定した目標に向けた取組について、支出削減を中心に着実な努力を実施しているものと高く評価するが、収入の増大については、株式会社コングレの取組不足を原因とするのは適当ではないものの、厳しい状況にあると考える。
と述べている。収入の増大が望み難い点は以前に挙げたpdf資料(www.mhlw.go.jp/shingi/2008/06/dl/s0601-1a.pdf)も集客に於ける立地の問題として認めていた処であり、これが新·私のしごと館を各地に展開する焼け太りの発想にもつながっている。こうした問題点を素直に認識しつつも、現·私のしごと館での疑似体験サービスを引き継ぐ事にこだわるとは、何たる虫のいい未練がましい願望だろうか。
 
折りしも純然たる民営·エンターテイメント志向の疑似体験施設キッザニアが、関西圏(ららぽーと甲子園)に来年3月、誕生する。そして丁度その頃、近鉄奈良線と阪神西大阪線がつながる。となると私のしごと館のあるけいはんな精華·西木津地区を必ずしも田舎、山奥とは感じていない様な京都府南部·奈良県の住民(筆者もその1人)にとっても、初めから都会の印象の強い阪神方面は身近な地域になる。だが、その逆は成立しないだろう。生駒山を越えた向こうのベッドタウンに研究所もポツポツ、としか見えないからだ。私のしごと館の主たる客は団体客(修学旅行生)だから、開拓の余地は自発的に集まってくれるであろう個人客の呼び込みにあるが、この方向は今後益々難しくなる。
 
 
私のしごと館(続き)
2008年12月12日(金)
Infoseek
今日は晴。12月1日に開催された"私のしごと館のあり方検討会"を経て、厚生労働省が委員に提示した報告書「案」が正規の報告書に昇格した模様。12月10日にアップロードされている(www.mhlw.go.jp/shingi/2008/12/dl/s1210-5a.pdf)。私のしごと館の廃止に踏み込んだ点は評価したいが、筆者は
  • 私のしごと館を雇用保険に代えて税金で運営する含みを残しているのではないか
  • 私のしごと館の廃止に対抗する焼け太りを企図しているのではないか
  • 私のしごと館の有効活用は現実に可能か
と云う3点に疑問を抱いている。今回の報告書の筋立ては「案」と殆ど変わらないが、結論に相当する"VI 存廃について"が増補されている為、そのまま引用しよう。
 



今日は税金で運営する含みに関して述べる。
 
結論に至る迄の詳しい中身が知りたい方は原文や、"私のしごと館のあり方検討会"の議事録(www.mhlw.go.jp/shingi/other.html#shigotokan)を見て頂きたいが、先ず廃止を認めた部分、即ち
  • ······当初の「5年後の収支率5割」という国からの支出を伴う目標を前提とすることは、国民の理解を得ることは困難であると考えざるを得ない。
  • したがって、今後の私のしごと館事業については、国費(事業主拠出の雇用勘定)を支出しない、即ち国の事業としての私のしごと館業を廃止するという前提に立って考える必要がある。
は、"V 行政減量·効率化有識者会議等の意見"で引用されている意見
  • 巨額の総工費をかけて土地、建物を整備したにもかかわらず、毎年の運営費を雇用保険料で赤字補填し、今後の計画においても赤字解消の目途が立たない「私のしごと館」業務は、廃止する。ただし、施設そのものについては直ちに取壊すことなく、国において、一定期間をかけ、民間の知見も活用しつつ、既に投入した雇用保険料負担の最小化と施設の有効活用の観点から望ましい利用形態や売却先を検討する。
  • (独)雇用·能力開発機構の私のしごと館については、業務を廃止するとともに、施設は望ましい利用形態や売却先を検討すべきである。
を受けた物であろう。実際、"V 行政減量·効率化有識者会議等の意見"に於ける報告書自身の反応も、
  • これらの指摘の背景には、私のしごと館事業が立ち上がるまでの建設費として581億円もの巨額の支出が事業主負担のみから成る雇用保険上の拠出からなされたことに対する国民世論の強い反発があることを踏まえ、更なる国の財政的負担を避ける狙いがあると考えられる。
  • 本検討会においても、私のしごと館の設立自体については、巨額の費用を要したことをはじめ、コスト意識に欠けた点については、真摯な反省が必要であることは全員一致した見解であり、私のしごと館事業の存廃の検討に当たっては、上記の事情を考慮する必要があると考えられる。
と云った具合で、維持のニュアンスが強かったこれまでとは対照的に、他の検討会で出た廃止意見を尊重した形になっている。
 
しかし、微妙な点がある。
 
他の検討会は雇用保険からの支出を問題視している様子で、運営費を雇用保険料で赤字補填し、今後の計画においても赤字解消の目途が立たない「私のしごと館」業務は、廃止と主張する。報告書もこの意見を受け、"VI 存廃について"では、
  • ······今後の私のしごと館事業については、国費(事業主拠出の雇用勘定)を支出しない、即ち国の事業としての私のしごと館業を廃止する······
  • ······国の事業としての私のしごと館業を廃止し、それ以降は事業主負担のみから成る雇用保険上の拠出からの支出はないという場合には······
の様に、「国の事業としての私のしごと館業の廃止」を「事業主負担のみから成る雇用保険上の拠出からの支出をなくす事」と定義している。逆に云えば一般会計、即ち税金で運営する可能性に含みを残している様にも見える。この続きは、明日。
 
 
私のしごと館(続き)
2008年12月11日(木)
Infoseek
今日は晴。私のしごと館に関し、動きがあった模様。京都新聞(www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2008121000223&genre=A1&area=K00)によれば、

  • 舛添要一厚生労働相と甘利明行政改革担当相は10日協議し、同館を廃止し土地建物を売却する方針で合意した。与党と調整し政府案として月内に閣議決定した後、早期の廃止を目指す。
  • 協議後、舛添厚労相は、2年契約で民間企業に運営を委託しているしごと館について「良い条件の買手がいれば、違約金を払ってもすぐに売った方がいい」として契約期間満了前の売却もありうるとした。
  • また職業体験事業については「例えばショッピングモールに変えたいという方がおられるかもしれない。あらゆる可能性を探って考える」と述べ、事業継続にこだわらない考えを示した。
と云う状況。今実質的な運営を行っている(株)コングレとの契約を重視し、2010年8月迄の維持を求めている"私のしごと館のあり方検討会"の報告書案とは対照的に、すぐにでも売却したい模様だ。又、報告書案が事実上、金は出せないが疑似体験事業は継続したい、と主張している印象を与えているのに対し、舛添厚労相は疑似体験事業の廃止も認めている。
 
だがどうだろう。11月22日に触れた厚生労働省のpdf資料は、私のしごと館を廃止する代わりに似た施設を各地に展開する意欲を露わにしている。従ってこうした無駄の上塗りを防ぐ為には、疑似体験事業の廃止を私のしごと館に限った話ではなく、もっと広い施策の一環として位置付ける様な措置が必要だ。それともう1点、私のしごと館のあるけいはんな精華·西木津地区にはユーストアやコーナン、それから私のしごと館の向かい側にも、小規模なショッピングモールがある。今更ショッピングモールを増やしてもけいはんな精華·西木津地区に於いては供給過剰の可能性が高い。また、(株)けいはんなが昨年、倒産した事から、ビジネス向けのビルへの転用も困難。さあ、どうしよう。