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裁判員制度に反対(続き) |
2009年1月31日(土) |
Infoseek
今日は曇で、時々小雨がパラついた。裁判員制度に疑問を呈するネットニュース記事は尽きない。
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 北國新聞(www.hokkoku.co.jp/_today/H20090129101.htm)
北國新聞は金沢弁護士会が裁判員制度を敬遠している様子を報じている。
- 法テラス石川によると、被告の国選弁護を引き受ける契約を結んでいる同弁護士会の弁護士は百五人とほぼ全員で、容疑者の国選弁護も九十二人と契約率は高い。
と云った具合で国選弁護人をやってもいい、と考える弁護士は多いが、その反面、
- 一方、裁判員制度対象事件では三十四人と会員百十六人の約29%にとどまる。
とある様に、裁判員制度を厄介視している状況が窺える。
- ······裁判員制度対象事件の公判は連日開かれる上、法律の素人である裁判員に理解される弁護技術が求められるため、負担の大きさが敬遠の理由とみられる。
現場は保守的だとか、批判するのは容易だ。だが、こうした消極姿勢から学ぶべき余地は何もないのか。推進派は結局、無意味な変化を求めているだけではないのか。それと
- 弁護士会員に幅広く参加を呼び掛け、弁護技術の底上げを図る方針で、西徹夫会長は「国民に大きな任務を果たしてもらう制度であり、一人でも多くの弁護士が制度に携わり責務を果たすよう努めたい」と話している。
となっている箇所。大失言だ。と云っても本音が出た発言だから歓迎したい。 裁判員制度は国民の任務らしいが、責務や義務でない任務とは何か。「任務」は軍人の職責を述べる際に出る言葉だから、これで裁判員制度の本質が露呈した。徴兵制だ。裁判員制度は廃止しかない。
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 京都新聞(www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2009012800106&genre=C4&area=K00)
京都新聞は
- 弁護士会によると、堺弁護士は2005年から06年にかけて京都地裁で審理された3件の刑事裁判で、被告に意思確認せず検察側の全証拠に同意したり、被告は否認しているのに認める主張をした。いずれも国選で受任していた。
と云った様子で手抜き弁護士の記事を挙げている。その結果は、
- ······所属する木津川市の堺和之弁護士(75)を戒告の懲戒処分にした、と発表した。
つまり処分。この記事は、裁判員制度とは直接、関係していない。だが裁判員制度の実施で現場が混乱する可能性が高い事は、金沢弁護士会の対応振りから明らかである。今後、裁判員制度に対応出来ず、手抜きに走る法曹人が増えるのではないか。繰り返しになるが、これをプロ意識の欠如と非難する事は手易い。しかしその一方で、変な制度を押し付けた側には何の反省点もないのか。筆者はここに政策を立案·決定する人々の無責任さを感ずる。
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裁判員制度に反対(続き) |
2009年1月28日(水) |
Infoseek
今日は晴。裁判員制度に疑問を呈するネットニュース記事は尽きない。
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 毎日(mainichi.jp/select/wadai/news/20090128dde041040011000c.html)
毎日は「セカンドレイプ」と云う言葉で裁判員制度の課題を指摘している。強姦致死傷罪や強制猥褻致死傷罪は重大犯罪として裁判員裁判の対象になるが、そうすると被害者は素人の前で証言せねばならなくなる。素人裁判員がアダルトビデオを見る様な興味津々と云った目付きで被害者を視姦······これは西野喜一「裁判員制度の正体」も指摘する裁判員制度の陰の側面だが、こうしてマスコミが取り上げたのは何の対策もないからだ。実施に向け、勝手に進む裁判員制度。
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裁判員制度に反対(続き) |
2009年1月26日(月) |
Infoseek
今日は晴。裁判員制度に疑問を呈するネットニュース記事は尽きない。
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 読売(www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamanashi/news/20090125-OYT8T00080.htm)
昨日に引き続き読売の山梨県版。弁護士(元東京高検検事)大八木治夫の裁判員制度に関する意見を掲載。
- 裁判員制度の実施には、様々な問題がはらんでいると思います。
と、声高ではないが、冒頭から疑問をぶつけている。この論調も昨日と同じだ。
- 「国民の視点、感覚を反映している」という考えは結論が間違った方向に導かれた場合でも国民が関与しているからいいということになりかねず、責任の所在が不明確になるおそれがあります。
「国民が関与した」事が変な判決の口実になるのでは······この点もしばしば指摘される裁判員制度の課題である。それにしても「国民の視点、感覚」とは何なのか、従来の裁判にどんな不具合があったのか、推進派の論拠は不明確だ。
- 裁判員制度では審理のスピードが強調され、本質的な課題である慎重で真摯(しんし)な真実の究明が難しくなるおそれがあります。
最近、仙台と広島で、地裁の判決に高裁が異なる判決、差し戻しと云う形で疑問を呈した事から、拙速主義の問題が炙り出されている。
- また、東京地裁で行われた最近の殺人・死体損壊事件の公判では、裁判員制度を見越して、検察が切断された遺体の状況を生々しく立証したところ、裁判員には精神的な負担を強いることになるのではないかと見直しの意見が出たとのことです。
これは15日に指摘した問題。「切断された遺体の状況を生々しく立証」とはマネキンを使った再現シーンだった様子だが、これが現場写真だったらどうなるのか。
- 一方で、検察も弁護側も分かりやすい立証に向けてパワーポイントやイラストを使ってのビジュアル化に努めています。でも大切なのは目撃者や被害者から直接話を聴き、被疑者に向き合い事件の真実に迫ることなのです。
「目撃者や被害者から直接話を聴き、被疑者に向き合い」、これは法律上の判断ではないので誰でも出来る、と推進派は主張する。だがわざわざこんな話をしないといけないのは、素人には難しい為ではなかろうか。所詮、素人は思い込みに捉われ易く、他人の話を聞いている様で聞いていないし。筆者はこれでいつも妻に叱られている。
- 裁判員制度のスタートを目前にして22日には千葉県弁護士会が新潟、栃木両県弁護士会に続いて制度実施の延期を求める決議を採択しました。法曹関係者の中で慎重な意見が増えています。
もっと広まれ、慎重派。
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裁判員制度に反対(続き) |
2009年1月25日(日) |
Infoseek
今日は曇時々雪、後晴。
 
さて今日も裁判員制度に疑問を呈するネットニュース記事は尽きない。
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 読売(www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamanashi/news/20090125-OYT8T00079.htm)
先ず読売。荒牧重人教授(研究科長·憲法学専攻)の裁判員制度に関する意見を掲載。山梨県の地方版なので、山梨大の教授だろうか。
- 裁判員制度は市民が要望して発足するわけではありませんし、重大事件で人が人を裁くという非常に重たい作業にかかわるわけですから、市民に戸惑いやためらいがあるのは当然だと思います。
- 裁判官と一緒に量刑の判断にまでかかわるということについて、私は慎重派です。
全体を通して決して声を荒げて反対はしていないが、穏やかに疑問を呈するのがこの記事の論調だ。「市民が要望して発足するわけではありません」「量刑の判断にまでかかわるということについて、私は慎重派」と、裁判員制度の痛い処を突いており、内心は反対かもしれないが、
- 導入することが決まった以上、その利点を生かせる制度にしていくべきでしょう。
と現実的だ。だが結局、
- そのためには、市民は証拠を偏見なしに素直に見たり、双方の言い分をきちんと聞いたりする力や、犯罪報道に左右されずに必要な情報を選び取るメディアリテラシーなどの社会常識を磨いていくことが求められます。
とまた痛い処を突いている。上で云っている「社会常識」は通常、「社会常識」と称される物とは全く別。日本社会ではマスコミの尻馬に乗って声高に勝手な意見を主張する事が、良心的と見られる傾向がある。更に
- 裁判官とともに人を裁くことの重たさに強いストレスを感じる人もいるでしょうし、痛ましい証拠写真などがトラウマになる人へのケアの問題もそうです。
- また、職業裁判官が独立して裁判を行うことになっている日本国憲法との整合性や、裁判員を義務づけることと思想・良心の自由などとの関係というそもそも論から、改めていろいろな議論が出ています。
と云った具合で、現在の裁判員制度の抱える課題をまた摘出。結びの言葉は
- 制度の運用で大切なのは、市民一人ひとりの社会常識であることを忘れてはならないと思います。
だが、裁判員制度が抱える問題は制度自身の問題。これが荒牧重人の発言そのものなのか、読売の編集者の言葉なのか不明だが、裁判員制度の抱える問題をどう具体的に解決するのか方策が全くなく、社会常識と云う耳障りの良い言葉に逃げ込んでいる雰囲気は否めないし、敢えてそうする事で密かな反対意見を表明しているのかもしれない。
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 読売(www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamanashi/news/20090125-OYT8T00090.htm)
また読売の山梨県版。山梨地裁では裁判員制度の開始に備え、模擬裁判を実施して来たが、
- しかし裁判員からは証人尋問などで「検察側、弁護側の質問の意図が理解できない」などの声も出ている。
と云った状況は法曹の発想法が庶民からは大きく隔たっている現実を示している。この対策は例によって、
- 地裁は「当初からの課題で、徐々に取り組んできたが、今後もできる限りの努力をしたい」としている。
と努力だけはする様子だが、何を如何に解決するか、具体性を欠いている。そんな中で
- 「裁判員をやりたくないという理由で辞退できるか」という声も360件あり、市民が戸惑っている様子もうかがわれる。
- 甲府地裁にも23日現在で59件の問い合わせがあり、うち辞退理由に関する問い合わせが最も多かった。
とやりたくない反応を単なる「戸惑い」と片付けるのはどうか。裁判員制度への反感こそ、「社会常識」ではないのか。
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 読売(www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamanashi/news/20090125-OYT8T00096.htm)
しつこい様だが、また読売。被害者参加制度に関して行われた模擬裁判に触れている。筆者が注目するのは以下の記述。
- 模擬裁判で審理されたのは、被告の男(49)が飲酒運転し、男性(58)を死なせた危険運転過失致死事件。被害者の男性の妻が裁判に出席した。検察官が懲役8年を求刑したのに続き、妻の代理人弁護士が求刑意見を述べた。
- 被害者参加制度では国選弁護士をつけられる場合があるが、婦女暴行や強制わいせつ事件などで重要な役割を果たすとされる女性弁護士が少ないことが問題視されている。
被害者参加制度に於いては、権利として被害者に(国選)弁護人が付く。従来の裁判でも被告には権利として(国選)弁護人が付く。これは、被告·被害者が必ずしも法律、特に刑法のプロではない事に配慮した為だろうが、裁判員はどうだろうか。そもそも制度を改めるとは、従来の何かに不満があった為だろうが(これは建前、本音は日弁連への餌)、そうなると素人裁判員が本職の裁判官の前で有罪·無罪や量刑に関して喧嘩をする事を許可していると解釈出来る。だが実際、一方で本職の裁判官に分かり易い説明を求めながら、他方で反論する事は難しい。従って裁判員制度が権利ならば、裁判員にも被告·被害者と同等の権利として、(国選)弁護人が付くべきではなかろうか。
この仮称·代理裁判員制度は、裁判員制度を権利と思っている(少数の)庶民に力強い味方となるばかりではなく、裁判の全てを一任する事が許されるならば、裁判員制度から逃れたい(殆どの)庶民にとっても事実上の辞退の許容と云う、最高の善政になるのだが、麻生総理、やってみよう。
おっと、一番明快なのは裁判員制度の廃止だった。
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 時事ドットコム(http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009012500046)
最後に時事ドットコムの笑える話。最高裁は
- 5月から始まる裁判員制度で、最高裁は25日までに、証拠調べの内容をメモに取らずに審理に集中するよう、裁判員へ呼び掛ける必要があるとした報告書を取りまとめた。
と云った具合でメモを戒めている。だがどうか。重要な事程、記録に残して何度も考え直すのが正に「常識」「市民感覚」ではないのか。
- 報告書は、これまでに全国で行われた模擬裁判で、裁判員役がメモに集中している姿が多く見られたと指摘。裁判官3人と裁判員6人の全員が下を向いてメモを取っていた事例も挙げ、「『目で見て耳で聞く審理』の裁判員裁判では、正常な事態とはいえない」とした。
とあるが、最高裁は20日に触れた様に拙速裁判に釘を刺している。「目で見て耳で聞く」事を主たる手段として対処すべき課題は大抵、即時的な解決を優先すべき課題であり、真相解明を目指す最高裁の態度とは矛盾する。にも関わらず、
- このため、裁判官が裁判員に対して、「メモを取らなくても分かるような審理が行われるし、完全に覚えられなくても録画で確認できる」と事前に説明した上で、できる限り目の前の証拠調べへの集中を促すべきだとした。
と云うから、裁判がどんどん「常識」「市民感覚」から遠のいてしまう。
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私のしごと館(続き) |
2009年1月23日(金) |
Infoseek
今日は曇。「 私のしごと館のあり方検討会」第4回の議事録(www.mhlw.go.jp/shingi/2008/12/txt/s1201-2.txt)には共感できる意見、反対したい意見等委員の個性が良く現れていて、楽しく読める。中には、新聞社系のサイトで「もしゼロから作るなら反対しただろう」と発言していたにも関わらず、議事録では全国展開を主張している委員もいて、これが行政減量·効率化有識者会議の意見を容れて反省した態度なのか、人生いろいろと思えてしまう。
さて、中学生·高校生を相手にするいわゆる職業キャリア教育は雇用保険の目的からの逸脱だ、と云うのが筆者の素朴な感じ方だ。しかし「 私のしごと館のあり方検討会」に於いて雇用保険の使い過ぎ説はあっても、法的な逸脱を指摘する意見は出ていない事から、ひょっとしたら雇用保険法(www.houko.com/00/01/S49/116.HTM)、或いはこれと関連の深い職業能力開発促進法(www.houko.com/00/01/S44/064.HTM)に条文上の根拠があるのではないか、と思い調べてみた。以下、長いので雇法·職法と呼ぶ。
私のしごと館はWikipedia(ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%81%E3%81%AE%E3%81%97%E3%81%94%E3%81%A8%E9%A4%A8)によれば「能力開発事業」の一環だ。雇法は第63条でこの能力開発事業を
- 政府は、被保険者等に関し、職業生活の全期間を通じて、これらの者の能力を開発し、及び向上させることを促進するため、能力開発事業として、次の事業を行うことができる。
と位置付けており、その2番目には「公共職業能力開発施設」と云う言葉がある。だが、この内容は職法第16条で
- 国は、職業能力開発短期大学校、職業能力開発大学校、職業能力開発促進センター及び障害者職業能力開発校を設置し、都道府県は、職業能力開発校を設置する。
- 前項に定めるもののほか、都道府県は職業能力開発短期大学校、職業能力開発大学校、職業能力開発促進センター又は障害者職業能力開発校(次項において「職業能力開発短期大学校等」という。)を、市町村は職業能力開発校を設置することができる。
等と定義されており、私のしごと館を連想させる表現はそこにはない。そこで雇法第63条の最後を見ると
- 前各号に掲げるもののほか、労働者の能力の開発及び向上のために必要な事業であつて、厚生労働省令で定めるものを行うこと。
の様に何でも出来そうな条文があるが、ここに私のしごと館の根拠を求めるには、対象者を「被保険者」の「等」として、「労働者の能力」を「将来、労働者になった場合の能力」、それも資格や技能に直結しない精神論的な能力として拡大解釈せねばならなくなる。
「被保険者」の「等」とは何だろうか。職法第2条は労働者を
- この法律において「労働者」とは、事業主に雇用される者(船員職業安定法(昭和23年法律第130号)第6条第1項に規定する船員を除く。第95条第2項において「雇用労働者」という。)及び求職者(同法第6条第1項に規定する船員となろうとする者を除く。以下同じ。)をいう。
と位置付けている。職法の定義が雇法にも及ぶか否か、法律の素人である筆者には分からないが、雇法の「被保険者」の「等」が職法の「求職者」だとすればこの2つの法律は整合する。云い換えると「等」に中学生·高校生を含む余地が大きいとは考え難い。
職法には青少年に言及している箇所もあるが、やはりこれが私のしごと館の根拠とは思えない。即ち職法第3条の2の2項目と3項目には、
- 職業訓練は、学校教育法(昭和22年法律第26号)による学校教育との重複を避け、かつ、これとの密接な関連の下に行われなければならない。
- 青少年に対する職業訓練は、特に、その個性に応じ、かつ、その適性を生かすように配慮するとともに、有為な職業人として自立しようとする意欲を高めることができるように行われなければならない。
と云う条文がある。ここが学校に通っている者や青少年を対象とした事業を根拠付けている様にも思えるが、1項目
- 労働者の自発的な職業能力の開発及び向上の促進は、前条の基本理念に従い、職業生活設計に即して、必要な職業訓練及び職業に関する教育訓練を受ける機会が確保され、並びに必要な実務の経験がなされ、並びにこれらにより習得された職業に必要な技能及びこれに関する知識の適正な評価を行うことによつて図られなければならない。
はやはり職法が労働者の為の法律である事を示している。となると、職法が想定する学校に通っている者や青少年とは、卒業したらすぐ働くであろう青少年や、苦学生だ考えるのが自然である。ところが、私のしごと館に関しては、6月頃厚生労働省がまとめた「民間委託の視点・考え方について」(www.mhlw.go.jp/shingi/2008/06/dl/s0601-1a.pdf)の中に
- 提供するサービスの内容が、将来の職業選択や学部·学科選択に資するよう創意工夫ができているか。
と云う受験予備校の様な言葉があり、私のしごと館の対象者が「卒業したらすぐ働くであろう青少年や、苦学生」に限定されていない事が明らかになっている。12月の報告書(www.mhlw.go.jp/shingi/2008/12/dl/s1210-5a.pdf)にも来館者数の話があるが、「卒業したらすぐ働くであろう青少年や、苦学生」とそうでない児童生徒を分けてはおらず、私のしごと館が想定する職業キャリア教育が、職法第3条の2で想定されているであろう「職業能力の開発及び向上の促進」とは全く異なる事を思い起こさせる。
以上、法的根拠は希薄、と云うのが素人である筆者の結論だ。法律の条文は長大だから、見落としがあるかもしれないが。
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裁判員制度に反対(続き) |
2009年1月22日(木) |
Infoseek
今日は曇後雨。裁判員制度に疑問を呈するネットニュース記事は尽きない。
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 毎日(mainichi.jp/select/wadai/news/20090123k0000m040104000c.html)
先ず毎日は千葉県弁護士会が裁判員制度の見直し·延期を求める決議を行った事に触れている。賛成121、反対86、棄権4。となると棄権を分母から除いた反対率は58%であり、筆者が感じている「6〜8割」説に乗っかっている。
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 MSN産経(sankei.jp.msn.com/affairs/trial/090121/trl0901212159035-n1.htm)
次に挙げるMSN産経は
- 裁判員制度が始まると、この公平性を表すてんびんが大きく揺れるのではないかという懸念が法曹界にあります。ある弁護士は「注目事件ではプロの裁判官の判決より刑が重くなり、それ以外では軽くなる」と予測します。結果として、判例の「相場」を超えて、量刑が拡散するのではないかというものです。
と云った具合で量刑相場の狂いへの懸念を示している。日本国憲法は「公平な裁判所で裁判を受ける権利」を日本国民の権利として謳っている為、量刑相場から逸脱した判決はすべきではない。しかし、被告が罪を否認していない重大事件に対しても裁判員も参加する裁判が行われるとなれば、事実上の裁判員の役割は(推進派の大好きな)「健全な社会常識」「市民感覚」を量刑に反映させる事にならざるを得ない。ここに矛盾はないのか。裁判員制度は結局、推進派の身勝手で無責任な見切り発車だ。
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 MSN産経(sankei.jp.msn.com/affairs/trial/090121/trl0901212159035-n1.htm)
またMSN産経を取り上げる。裁判員制度に対する反対理由の1つとして被告(やその他関係者)からの報復が挙げられる。沖縄ではアメリカ占領下で陪審制による裁判が行われていたらしいが、
- 自分の姿はみられていない確信はあった。男も陪審員を逆恨みして報復するようなタイプではなかった。が、急に自分が陪審員だったことを気付かれるのが怖くなり、言いしれぬ不安に襲われた。しばらくの間、男の住所地に近づくことすらできなくなった。
と云った具合で報復を怖れる陪審制の経験者もいる。逆に、
- 伊佐は「体験を話すことで制度が活性化する。評議の内容を全く非公開としてしまえば、密室の法廷に風穴は開かない」と話す。
とする意見もある。制度改革に利害は付き物だ。だが身の安全だとか、厳しい守秘義務だとか、重大な課題に頬かむりしたまま迫り来る裁判員制度。ここにも無責任な態度を感ずる。
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裁判員制度に反対(続き) |
2009年1月21日(水) |
Infoseek
今日は曇後雨。裁判員制度に疑問を呈するネットニュース記事は尽きない。
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 神戸新聞(www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0001665378.shtml)
神戸新聞は裁判員候補者の不安を報じている。仕事を休めない、報復があるかもしれない、死刑を宣告した後の罪悪感等。尤もな話だが、推進派は何ら対策を講じておらず、拙速な印象は拭えない。こうなれば廃止が望ましい。
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