綾紫の日記
2009年6月4日〜7月21日

 
神戸の博物館群構想とけいはんな
2009年7月21日(火)
Infoseek
今日は雨時々曇。明日は日食。神戸の博物館群構想の続きだが、その検討は1994年7月26日に始まり、
  • 基本構想(1995年5月) www.city.kobe.lg.jp/information/project/innovation/museum/img/kousou.pdf
  • 基本計画(1999年3月) www.city.kobe.lg.jp/information/project/innovation/museum/img/keikaku.pdf
  • シンポジウム報告(2000年2月) www.city.kobe.lg.jp/information/project/innovation/museum/img/houkoku.pdf
と進み、それ以降の目立った全体計画の動きはなく、土地の確保だけは行ったものの、2006年から2007年に掛けて事実上、凍結されてしまった模様だ。神戸の博物館群構想は梅棹忠夫をリーダーとして検討された物だが、梅棹忠夫は元々、大阪に設置する構想のあった産業技術史博物館の提唱者でもあった。この頓挫した産業技術史博物館、詳しい経緯は
  • 幻の産業技術史博物館 www.sanhaku.com
  • たぬきのダイエット日記 tanuki.la.coocan.jp/log/log0903-3.html
  • 日経関西コンシェルジュ 06/02/21 kansai-concierge.nikkei.co.jp/kansai-alacarte/detail.asp?wrt_cd=1826&bk_p_no=5
  • 日経関西コンシェルジュ 09/05/18 kansai-concierge.nikkei.co.jp/kansai-alacarte/detail.asp?wrt_cd=7242&bk_p_no=0
  • 凡才中村教授の憂鬱 stroller.blog.eonet.jp/stroller/2008/11/2-6b9b.html
等に譲るとして、最後の憂鬱からリンクしているpdf資料
  • 桃山学院大学総合研究所刊「大阪の産業記念物」第28号(2005年3月) www.andrew.ac.jp/soken/sokenk166-2.pdf
には見逃せない記述がある。「大阪の産業記念物」は後藤邦夫名誉教授の手によってまとめられているが、後藤邦夫自身も25年に及ぶ産業技術史博物館構想の経緯を綴っている。そしてその7ページには(財)関西文化学術研究都市推進機構のサポートがあった事が記されている。
 
通常、学者は企業や公的な団体に研究計画を申請し、資金その他のサポートを得る事で研究を進める。サポートする側も何らかの見返りを期待する場合がある。それは論文や特許を稼ぐだけかもしれないが、(財)関西文化学術研究都市推進機構のサポートとなれば産業技術史博物館をけいはんな地区に誘致する可能性を探っていた事にはならないだろうか。
 
けいはんな地区には梅棹忠夫が提唱する国立総合芸術センター(芸術博物館·芸術研究所·芸術行政官を養成する教育機関)を誘致する構想があり、それは
  • セカンドステージプラン www.mlit.go.jp/crd/daisei/daikan/tsp_iinkai2/sankou3.pdf
にも取り上げられている。セカンドステージプランが出来たのは1996年4月25日、検討開始は1994年10月。神戸文明博物館構想と概ね重なる時期である。だがその後2004年10月5日の
  • 関西文化学術研究都市の明日を考える懇談会 www.mlit.go.jp/crd/daisei/daikan/kondankai/041005gijiyousi.html
では"文化については、大きな転換点。高度成長期の大きなセンター整備を目指すのではなく、新たな視点に基づいて、全国にある文化的資源を活用していくことが重要。"と云う発言が出ており、国立総合芸術センター構想は潰えた模様。2004年とは前述の後藤邦夫の研究が「技術と文明」誌(14巻2号 4月発行)に発表された時期でもある。2004年とは、けいはんな地区に於いては同志社大学·奈良先端科学技術大学·大阪電気通信大学が核となって、持てる技術から新産業を産もうとしてた時期で、実に「大阪の産業記念物」の後藤論文にも"インキュベーション"や"新産業創出"と云う言葉がある。
 
そこに何があったのか、けいはんな地区に一時期通勤していただけの筆者は知らない。だが産業技術史博物館構想も結果的に実現していない事だけは確かだ。
 
 
神戸の博物館群構想
2009年7月8日(水)
Infoseek
今日は曇後晴。"梅棹忠夫"だとか"芸術センター"だとかで検索していると、思わぬ発見をする事がある。その1つが神戸に計画されていた博物館群構想。神戸市のホームページ(www.city.kobe.lg.jp/information/project/innovation/museum/)にも堂々と記載されていて、最終更新日は今年の3月25日となっている。但し検討が始まったのは1994年9月。神戸市が梅棹忠夫を委員長とする20世紀博物館群基本構想委員会を設置している。その基本構想は1995年7月にまとまっておりダウンロード可能(www.city.kobe.lg.jp/information/project/innovation/museum/img/kousou.pdf)。国立総合芸術センターはけいはんな地区に委ねるとして、当時、いや今猶実現していない科学史·技術史に関する博物館の構想を文明の博物館群として大きく膨らました形になっている。その中には大衆文化博物館、映画·動画博物館も含まれているが、これが今のメディア芸術総合センターに継承されたのか否かは不明だ。
 
なお1995年と云えば神戸地震の年である。だから災害科学博物館が優先度の高い施設として挙げられている。また博物館群のトップとなる土木博物館は2004年3月に土木学会の手による報告書(www.city.kobe.lg.jp/information/project/innovation/museum/img/00.pdf)が出ている事から、比較的最近迄検討されて来た様子だ。だがその後現在に至る迄、博物館群構想全体の動きが鈍いことを思うと、そもそも国立総合芸術センターの様に否定されたのか、まだ火種は残っているのか、分からない。
 
分からないと云えば関西トピックKIPPOニュース(www.kippo.or.jp/KansaiWindowHtml/News/1995/19950502_NEWS.HTML)には、1995年4月24日に、国立総合芸術センター構想を再検討する調査委員会が、関西文化学術研究都市推進機構の手により発足したとある。委員長は梅棹忠夫。文章のニュアンスを損ねない様、そのまま引用すると
  • 関西文化学術研究都市推進機構は関西学研都市における文化面の中核施設として梅棹忠夫氏(現・国立民族博物館顧問)が提案した「国立総合芸術センター(仮称)構想」を再度、検討するため4月24日、調査委員会を発足させた。近年のマルチメディアなど情報通信技術の急激な進歩にみられる社会変化から、当初構想の再検討が必要と判断したもの。調査委員は梅棹氏を委員長とし、高階・国立西洋美術館長など5人の委員からなる。
となる。「近年のマルチメディアなど情報通信技術の急激な進歩にみられる社会変化から、当初構想の再検討が必要」と云う箇所からどちらかと云えば加速よりもブレーキを掛ける匂いが感じられるが、国立総合芸術センターに肯定的なセカンドステージプランがまとまるのは翌4月25日だから、この当時はまだ推進する考えが生きていたのだろうか。
 
 
私のしごと館の今後
2009年6月4日(木)
Infoseek
今日は晴。私のしごと館を設置している雇用·能力開発機構が政府からも批判されたのは、最近の事ではない様だ。例えば2002年9月11日に行革断行評議会がまとめた資料(www.gyoukaku.go.jp/sanyo/dai2/kashitani_siryou.pdf)は、
 

と云った具合に雇用保険を中間搾取する団体だと断言。廃止を求めている。その理由だが、
 

にある様に、雇用保険を失業者への給付以外の事業に使って食い潰しているからだ、としている。逸脱の具体的内容は、
 

が挙げているが、この頃は勤労者福祉事業と称して保養施設の建設等も行っていた様子だ。だから私のしごと館もオープン前から批判されていたらしい。例えば夕刊フジ特捜班(www.zakzak.co.jp/tsui-sat/tsuiseki/contents/2002_10-03/030301_05.html)
 

は、私のしごと館の建設費を雇用対策に使うべきだ、と主張している。この当時、ITバブル崩壊で景気が一挙に悪化していた。現在、保養所の建設等勤労者福祉事業は廃止され、5/31に述べた様に職業訓練施設も自治体への移管や民間委託を勧める事が決まっている。やはり雇用保険は保険であって税金ではない以上、困っている人に手を差し伸べるタイプの事業から距離が開く程、批判されるのではないか。
 
ところで、気になる事がある。繰り返しになるが、5/31に挙げた行政改革推進本部の資料は職業訓練業務の自治体への移管、民間委託を謳っている。だが自治体が嫌がったらどうなるのか。私のしごと館も同様で、「私のしごと館に係る建物等の有効活用検討会」の議事録(www.mhlw.go.jp/shingi/2009/04/txt/s0420-1.txt)では、自治体の委員は買いたい、とは発言していないし、アンケートによれば買いたいと答えた関西企業はなかった様子である。となると結局、引き続き雇用·能力開発機構が保有し続ける事になる。これを懸念してか、厚労省の審議官が
  • ······維持管理費というのは最低でも年間1億2,000万円ぐらいはかかります。これだって、いまは雇用保険のお金からずっと継続的に出ているわけですから、廃墟にならない程度の基礎部分のコストも、いまは雇用保険のお金を使っていかなければならないのですけれども、それについてもその先の有効活用の相手方が見つからない限り、期間が長くなればなるほど、それについての批判も出てきてしまうこともあります。その辺もこの検討会の中では頭の中に入れておいていただきたいという希望はあります。
と発言している。だがそもそもの批判の発端は雇用保険の流用だと思われた事であり、これは厚労省も認識している様子だ。となれば、国や国に近い法人が新設、移転、増築を検討していて、且つけいはんな地区の規制に合致する施設の誘致、要するに一般会計への横滑りもあり得るのではないか。
 
加藤座長と審議官の間にはこんなやり取り
  • ······先ほどの論点でちょっと微妙な言い方があったのだけれども、論点メモのところで、「現在の経済情勢を踏まえると、公的な事業を行う団体等への売却も考えられるのではないか」、これについて事務局では何かイメージのようなものがありますか。
  • 具体的にどういう方向のものというのは全くないですし、我々が申し上げるべき段階でもないと思っています。第1の○で先ほど申し上げましたように、一方でコストを最小化するという観点から高く売るというようなことを思考しても、なかなかうまくいかないということも最近の経済情勢からいってあるのではないか。その場合に、もちろん自治体だけということではなくて、公的ないろいろな団体があると思いますけれども、そういう公益法人みたいな所で、何かの事業をやるということであれば、それは全くの市場の入札ということ以外の配慮をして、例えばそれよりも安く売ることについて、世間の理解が得られれば、そのようなことも考え得るのではないかということです。実際にこれは直接適用があるわけではないのですけれども、国有財産を地方自治体などに売却する際に、一定の公共の施設として売る場合には半額まで減額ができるという規定もあります。例えば、病院だとか学校といった所ですが、別にそのことをすぐに適用するつもりはないのですけれども、そういう思想からいえば、何らかの形での公益の目的のために使うということであるのならば、それは民間で出すような入札価格よりも低い値段であっても、そこに売却ができて、それで使ってもらうということであるのならば、それはそれも1つの方法ではないかという趣旨です。何か特定の意図をいま持ってここに書いているつもりはないです。
があるし、木津川市長も
  • ······文部科学省などに変更ができるのでしたら、先ほども言いましたけれども、いろいろな面でそういう有効活用を考えていただければと思っています。
と発言している。