綾紫の日記
2009年8月4日〜10月5日

 
2006年当時考えていた事/産業雇用安定センター
2009年10月5日(月)
Infoseek
今日は雨。話題1:今から約3年半前だが、Nikon D2H買い替えに関し、以下の様な案を考えていた。2006年6月2日だった。

Nikon D2H更新案
目的
Nikon D2Hは速写性に優れたカメラだが、露出の微妙さ(白飛びが起きやすい)や高感度ノイズの多さと云う点では実に使いにくいカメラである。そこでこうした問題点の少ないカメラに買い換える。

方針
Nikon D70(修理中)は高速ストロボ同調(1/500秒)と云うメリットがあるので手元に残し、Canon転向の場合でも、徐々に馴れる事ができるようにする。

★第1案
Nikon D2H+Nikon 500/4P+Sigma 18〜50/3.5〜5.6Nikon D70s+Nikon 18〜200/3.5〜5.6
★第2案
Nikon D2H+Nikon 500/4P+Sigma 18〜50/3.5〜5.6Nikon D200+DK-21M+Nikon 18〜200/3.5〜5.6+EL-EN3e
★第3案
Nikon D2H+Nikon 500/4P+Sigma 18〜50/3.5〜5.6Nikon D2X+DK-17M+Nikon 18〜200/3.5〜5.6
★第4案
Nikon D2H+Nikon 500/4P+Sigma 18〜50/3.5〜5.6Nikon FinePix S3Pro+Nikon 18〜200/3.5〜5.6
★第5案
Nikon D2H+Nikon 500/4P+Nikon 70〜200/2.8+テレコン類(1)+Sigma 18〜50/3.5〜5.6Canon 30D+Canon 17〜85/4-5.6+ストロボ類(2)+電池(3)
★第6案
Nikon D2H+Nikon 500/4P+Nikon 70〜200/2.8+テレコン類(1)+Sigma 18〜50/3.5〜5.6Canon 5D+フォーカシングスクリーンEe-D+Canon 24〜105/4+ストロボ類(2)+電池(3)
★第6+案
Nikon D2H+Nikon 500/4P+Nikon 70〜200/2.8+テレコン類(1)+Sigma 18〜50/3.5〜5.6Canon 5D+フォーカシングスクリーンEe-D+Canon 24〜105/4+Canon 70〜300/4〜5.6+ストロボ類(2)+電池(3)

(1)Kenko 2x+Nikon 1.7x+Kenko 1.4x
(2)580EX+CP-E3
(3)BP-511A又は514 x2〜3+もしあれば肩下げ外部電源

 
 
結果的には第2案に落ち着いたが、Canonへの乗り換えも視野に入れていた事が分かる。その後6月3日、エニアグラム(心理学)の集まりへ出た後、4日、田原本町の蛇巻へ。蛇巻は子供が藁蛇を担いで回る祭である。
 
その後、9月12日には下の写真の様に大量の機材を手放した。こうした動きも思い出となった。
 
第2の話題:私のしごと館の、その少なくとも準備期に限るならば、背後に見え隠れする(財)産業雇用安定センター。今年7月現在の役員名簿だが、財界や業界団体の幹部ばかりである。中には官僚出身者もいるかもしれないが、ともかく、労働行政に於ける財界の出島である事だけは確かだ。実はこの"財界"と今年の"私のしごと館に係る建物等の有効活用検討会"での木村要町長(精華長)の発言(www.mhlw.go.jp/shingi/2009/04/txt/s0420-1.txt及びwww.mhlw.go.jp/za/0806/a133/a133.txt)と微妙に重なるのである。
 
ついでだが、2001年に山口県山口市きらら浜で開催された"山口きらら博"でも、産業雇用安定センターが私のしごと館を盛り上げるプレイベントを開催していた様子だ。
  • 「しごとフェスティバル」in山口きらら博
    小学校高学年を対象とした「しごとの街」をオープン。小学生が販売、製造、サービス業に従事。この街だけで通用する通貨をもらい、この通貨で物品購入できるといった、働くことの流れを体験できます。また、「私のしごと館」ではパネル展示や映像で「職業」について紹介します。(産業雇用安定センター)
とあるので、キッザニアがモデルの様だ。
 
 
よってこや西大寺店閉店
2009年9月30日(水)
Infoseek
今日は雨。最近、近鉄奈良線の大和西大寺駅とその周辺では再開発が進んでいる。南口に通ずる道路工事も進み、改札内にも店が増えたが、一方では閉店する店もある。下のレシートは今日でお別れのよってこやのレシートだ。よってこやのコラム(www.yottekoya.com/column/)には
  • 関西地区での「よってこや」イメージは、国道沿いのロードサイド/レトロ調/庶民的/基調色赤&黄、というのが定番であったが、······
とあるが、西大寺店は字句通り駅前店だった。
 
 
私のしごと館
2009年9月21日(月)
Infoseek
今日は晴。私のしごと館の陰で見え隠れする"産業雇用安定センター"だが、2002年頃の報告書(www.sangyokoyo.or.jp/disc/pdf/hokoku.pdf)を見るとやはり雇用·職業能力開発機構からの委託により、私のしごと館に関わっていた様子だ。具体的には運営準備やしごとフェスティバルの様なイベント開催、資料の整備等だ。



 
さて、何故産業雇用安定センターに注目しているかだが、17日に挙げた資料(www.kantei.go.jp/jp/singi/kiseikaikaku/osirase/050805/kourou_b.xls)では、職業能力開発促進法第15条の2第1項第3号、第96条、雇用保険法第63条第1項第1号及び第3項並びに独立行政法人雇用·能力開発機構法第11条第1項第1号が私のしごと館の運営に関する該当法令になっている。筆者は別途、雇用·能力開発機構へ根拠となる法令の問い合わせを行った事もあるが、その時の回答は雇用保険法第63条第1項第1号、雇用保険法施行規則第121条第1項第2号、職業能力開発促進法第15条の2だった。そこで例えば雇用保険法第63条第1項第1号だが、
  • ······認定職業訓練その他当該事業主等の行う職業訓練を振興するために必要な助成及び援助を行うこと並びに当該職業訓練を振興するために必要な助成及び援助を行う都道府県に対して、これらに要する経費の全部又は一部の補助を行うこと。
となっていて、雇用·能力開発機構が自ら運営するのではなく、運営者を援助する事が謳われている。だから例えば産業雇用安定センターが持ち込んだ企画を支えていると考えれば雇用保険法第63条第1項第1号とは整合する。ところで下は記念はがきを紹介している個人のホームページ(homepage2.nifty.com/echo-list/kinki2003mar.html)だが、こんな所でも(財)産業雇用安定センター(私のしごと館)となっていて、少なくとも設立段階では関連が深かった事が窺われる。
 
 
私のしごと館
2009年9月17日(木)
Infoseek
今日は晴。私のしごと館の陰で見え隠れする"産業雇用安定センター"。厚労省が合併する前の話だが、勤労体験プラザ(=私のしごと館)の正式名称を募集する労働省のホームページ(www.jil.go.jp/jil/kisya/syokuan/20001018_01_sy/20001018_02_sy.html)でも、連絡先は産業雇用安定センターになっている。雇用·職業能力開発機構のメルマガ17号(www.ehdo.go.jp/kanagawa/melmaga/backnum/back17.html)·19号(www.ehdo.go.jp/kanagawa/melmaga/backnum/back19.html)でも、キャラクターのネーミング募集の問合せ先が雇用·職業能力開発機構ではなく産業雇用安定センターになっている。(株)CNインターボイスと云うシンクタンクの実績(www.cn.ivg.co.jp/ourworks/index2.html)を見ても、私のしごと館の展示·体験基本設計に関する調査の発注元が雇用促進事業団、今の雇用·職業能力開発機構となっているのに対し、職業ライブラリーソフト制作のための職業調査の発注元は産業雇用安定センターである。
 
私のしごと館とNHKとの関係を批判する個人の2005年のブログ(d.hatena.ne.jp/miho-k/20051218)にも
  • そのビデオ制作は、同機構が、同省所管の財団法人·産業雇用安定センターに委託し、同財団が提案企画競争の方式で業者を選び再委託しており、実際に制作にあたったのはNHKエンタープライズや出版社など計五社で、全体で約十六億円かかった。このうちNHKエンタープライズが請け負ったのは約五億円で、全体の約三分の一を占めた。
とあり、運営実務の一部が産業雇用安定センターに委託されていた様子が窺われる。
 
この謎めいた産業雇用安定センターに何故着目するか。そのヒントはたまたま見つけた行政改革に関するエクセルデータ(www.kantei.go.jp/jp/singi/kiseikaikaku/osirase/050805/kourou_b.xls)にある。
 
 
私のしごと館
2009年9月15日(火)
Infoseek
今日は雨後曇。下記(www.zakzak.co.jp/tsui-sat/tsuiseki/contents/2002_10-03/030301_05.html)の夕刊フジ特捜班「追跡」はその内容から判断すれば、私のしごと館のオープン前(2003年3月かそれ以前)からの批判である。そこには(財)産業雇用安定センターと云う言葉がある。私のしごと館は(独)雇用·職業能力開発機構の運営かと思っていたが、この頃はそうでなかった様子だ。
 
この産業雇用安定センター、私のしごと館があるけいはんな地区とは以前から関わっていた様子であり、1999年11月に"第4回しごとフェスティバル"と云うイベントを開催している。証拠として(株)けいはんな(www.keihanna-plaza.co.jp/08local_ic/keihanna_hatsu/36th/event/index-j.html)
 
それから(財)関西文化学術研究都市推進機構(www.kri-p.jp/monthly/99_09/p1_2/)
 
が残した記録を挙げよう。個人のホームページ(www.asahi-net.or.jp/~BF2H-STU/staff.HTM)
 
にも、写真部門に「レストランで働く女性たち」として応募したところ、奨励賞を受賞したとの証言がある。このしごとフェスティバルの主旨だが、第6回しごとフェスティバルの案内(www.mhlw.go.jp/houdou/0110/h1003-2.html)を見ると、
  • 若年者を中心に職業を見つめなおし、働くことの意義や喜びについて理解を深める機会をつくり、職業に対する意識の啓発に努めることを目的として······
とあるし、同じく作品募集ページ(www.mhlw.go.jp/houdou/0104/h0411-1.html)にも
  • 近年、我が国の産業構造の変化、技術革新などが進展する中で、職業そのものの変化や職種が多様化したこと等により職業の内容が理解しにくくなる傾向が見られる。また、最近の厳しい就職環境の中にあっても、就職後不適応を起こしたり、早期に離職する若年者が増加している等の問題が生じているところである。 このような課題の解決のためには、若年者をはじめ、一人一人の国民が人生の様々な段階で職業の社会的意義や個々の職業の内容等を理解することができるように支援していくことが重要である。
とある。こうした考え方は今の私のしごと館の設立目的にそっくりである。その後、Googleに残る記録は雇用·職業能力開発機構のメルマガの第7回の作品募集案内(www.ehdo.go.jp/kanagawa/melmaga/backnum/back09.html)、第8回の作品募集案内(www.ehdo.go.jp/kanagawa/melmaga/backnum/back39.html)、同じく第8回の作品募集案内(www.ehdo.go.jp/kanagawa/melmaga/backnum/back42.html)、大分県の第8回受賞報告(www.pref.oita.jp/10400/gov_news/h15/publish/03/24_houkoku.html)等を最後に途絶えているが、産業雇用安定センターはどうやら第7回の頃迄は、つまり2002年迄はしごとフェスティバルに関わっていた様子である。
 
 
私のしごと館
2009年9月14日(月)
Infoseek
今日は晴。この日記、元々祭の写真の速報やエニアグラム·MBTIに関する考察を目的として2002年1月20日始まったが、最近では雑談日記になっている。さて掲題の私のしごと館だが、廃止が決まる以前から有効活用は悩みの種だった様子だ。例えば下に挙げた資料は関西文化学術研究都市月報2007年5月号。www.kri-p.jp/portal/geppou/img/0224.pdfからダウンロード出来る。けいはんな地区の近況報告だが、その中を引用すると、
  • けいはんな学研都市立地施設懇談会視察会
    4月17日(火)私のしごと館において、平成19年度けいはんな学研都市立地施設懇談会視察会が開催されました。[中略]今回の視察会を通じて。私のしごと館のスペースを、学研都市共通の情報発信の場として活用することを、各立地施設で検討していただくことになりました。[後略]
となっている箇所がある。"学研都市共通の情報発信の場"が課題だった様子だが、同時に私のしごと館の活用と云う目的も感じられる。云い換えれば現状では私のしごと館は業務内容に比べ過大な施設であり、何か空間を埋める為の仕事が必要との認識が関係者の間であった事が想像出来る。但し、"学研都市共通の情報発信の場"の様な活動は本来、文化学術研究交流施設である(株)けいはんなが担うべきではなかったのか。最近では(財)関西文化学術研究都市推進機構のホームページも随分、充実しているし。因みに同じ資料には4/28(土)、ゆめはんなサイエンス·ワークショップが私のしごと館で開催された、とあるが、こちらもけいはんなプラザや大川センター、きっづ科学館ふぉとんでも出来る事であり、活用の為の活用に腐心している様子が窺われる。

 
 
跡地と活用
2009年9月8日(火)
Infoseek
今日は晴。"跡地 活用"で検索するとこんなに引っ掛かる。1ページ目を挙げると順に
  • 日野市立総合病院
  • 都心部小学校(京都市)
  • 白山小学校(川崎市)
  • エキスポランド
  • 長崎県庁
  • 飯田工業高校(飯田市)
  • まちづくり3法
  • 旧広島市民球場
  • 長崎県庁
だ。この内、で示した箇所が具体論。トップに来た日野市(www.city.hino.lg.jp/index.cfm/6,0,226,html)では34回も会議を開いている様子だから、跡地の活用問題はもともとまとまらない課題だろうか。名張市の皇學館大学跡地問題はスムースに進んでいるほうだ。

 
 
皇學館大学の跡地に近大高専
2009年8月21日(金)
Infoseek
今日は曇後雨。下に挙げた伊賀タウン情報(www.iga-younet.co.jp/news1/2009/08/post-203.html)によれば、今年1月に撤退を表明した名張市の皇學館大学の跡地に名乗りを上げた3校の内、熊野市からもっと街中への移転を企図していた近大高専が交渉の対象となった模様。突然の撤退表明を受け、市も疑心暗鬼になっているだろうから、こんな時には既存の施設が強い。

 
 
神戸の博物館群構想
2009年8月5日(水)
Infoseek
今日は晴。奈良燈花会が始まる。7/21に神戸の博物館群構想に関して「土地の確保だけは行ったものの、2006年から2007年に掛けて事実上、凍結されてしまった模様」と書いたので、その情報ソースを示そう。
  • 文化財保存修復学会(wwwsoc.nii.ac.jp/jsccp/REG_INFO/reg_sf12.html)
    「神戸文明博物館構想」を提唱してきた神戸市がメーン施設の土木博物館(仮称)の建設を断念した事に触れている。2006年6月29日付け読売の引用。
  • 日本共産党神戸市議団(kobe.jcp-giin.net/gikai/0612271131.shtml)
    建設局審査で西下議員が博物館構想の凍結ではなく中止、また博物館に隣接するしあわせの森向けの土地購入の中止を求めている。この土地、西下議員によればみなと総局の所有。事実上、市が外郭団体を一般会計で支援している事になっているのだろうか。これに対し、割田公園砂防部長は買うと答弁。2006年12月1日。
  • 日経関西コンシェルジュ(kansai-concierge.nikkei.co.jp/kansai/news-review/index.asp?wrt_cd=6582&bk_p_no=4)
    北区に用地を確保済みの「神戸文明博物館群」の建設構想も事実上凍結と報じている。2007年8月25日。
  • 日本共産党神戸市議団(http://kobe.jcp-giin.net/siryo/2009yosan01.shtml)
    建設局に対し、神戸文明博物館群構想と、新都市事業会計からの用地買い戻しの中止を求める2009年度予算向けの要望書を発表。2008年10月。
事実上の凍結でありながら、最後の要望書から想像すると、土地の確保だけは続いていたのだろうか。
 
 
野村総研の跡地/近大高専
2009年8月4日(火)
Infoseek
今日は晴だが、夜一時雨。(株)野村総研がかつて鎌倉市にっあたが、今では廃墟になっている。その跡地利用も今の所、全く目途が立っていない。私のしごと館の今後の姿を示しているかもしれないので、ここにまとめる。主たる情報源は特に触れない限り、鎌倉市のホームページだ(www.city.kamakura.kanagawa.jp/bunkyou)。年表風に記すと以下の様になる。
  • 1966年
    これまでにない新しいタイプの研究所になることと、研究調査を通じて産業経済の振興と一般社会への奉仕をねらいとして、日本初の創造的シンクタンクとして野村総研 鎌倉研究センターが鎌倉市の常盤山緑地の山の中に誕生。土地16万m2、建物は後の増築を含め1万5000m2
  • 1988年
    野村総研の本社機能が東京に移転。
  • 1990年8月
    野村総研 鎌倉研究センターの機能がYBPに移転、鎌倉研究センター閉鎖。
  • 2001年12月
    野村総研が鎌倉研究センターの土地·建物を鎌倉市に寄付したい申し入れ。
  • 2002年3月
    譲渡契約。
  • 2002年6月
    譲渡完了。
  • 2003年3月
    野村総合研究所跡地土地利用等基本構想(案)がまとまる。
  • 2003年10月15日
    跡地の一般開放が始まる(www.kanshin.com/keyword/1151224)。
  • 2004年3月
    野村総合研究所跡地土地利用等基本計画(案)がまとまる。
  • 2005年5月
    野村総合研究所跡地土地利用等基本計画がまとまる。
  • 2006年2月
    複合博物館·市民活動交流館基本計画(案)まとまる。
  • 2006年10月
    野村総合研究所跡地整備事業に係る事業者ヒアリング。
  • 2008年1月15日
    (仮称)鎌倉博物館展示計画等の検討における中間報告書まとまる(www.city.kamakura.kanagawa.jp/treasury/hakchukan.html)。
  • 2008年3月
    (仮称)鎌倉美術館整備方針まとまる(www.city.kamakura.kanagawa.jp/sgakusyu/seibihoushin.html)。
  • 2008年11月
    前回のヒアリングと博物館、美術館に関する報告を踏まえ第2回ヒアリング。
鎌倉研究センターの閉鎖から数えるともう19年が、譲渡完了から数えても構想や計画ばかりで7年が過ぎている。その間ずっと塩漬け。この鎌倉研究センター、鎌倉市と云う歴史の街の中にありながら、交通至便とは云い難い点が想定している施設(博物館、美術館)に転用する場合のネックである。似ていないだろうか、廃止が決まっていて、その後のあり方を検討している私のしごと館と。私のしごと館は行政的には京都府に属するが、距離的には奈良市に近く、平城旧跡から直線距離にして8km。奈良市の奈良市らしい所からも喧伝されている程遠くはないが、余程のピンポイント的な理由でもない限り、わざわざ行こうとは思わない。しかも私のしごと館の延べ面積は鎌倉研究センターの2倍以上。要するに相応しい施設を探す事はもっと難しい。
 
次の話題だが、地方公立大学の研究者と思われる個人のブログ(ogasawara.cocolog-nifty.com/ogasawara_blog/)を辿って見ると、どうやら三重県熊野市にある近大高専が移転を検討しているらしい(ogasawara.cocolog-nifty.com/ogasawara_blog/2009/08/post-4837.html)。要点をまとめると、
  • 近大高専が経営難を理由に熊野市からの2015年3月迄の撤退を表明(6/17)
  • 08年度決算では約130億の累積債務
  • 定員割れや特待生増加が原因
となる。だが撤退と雖も廃校を考えているのではなく、名張市にある皇學館大学社会福祉学部(やはり2010年度末迄に撤退を表明)の跡地を新天地と考えている様子だ(ogasawara.cocolog-nifty.com/ogasawara_blog/2009/07/post-1184.html)。他に、外国語や国際交流の学習を目的とする東海国際大学や、子どもや高齢者を対象にしたスポーツ福祉施設「名張健康学園」も狙っている。3校の内2校が落選するが、近大高専は皇學館大学社会福祉学部に対し「魅力的だが、敷地が狭い」との感想を抱いている模様である(ogasawara.cocolog-nifty.com/ogasawara_blog/2009/06/post-675e.html)。それこそ私のしごと館はどうだろうか。隣には未利用地もある。