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Nikon D700使用開始 |
2010年7月29日(木) | |
Infoseek
今日は雨晴時々曇。25日に挙げた夜景の高感度不具合写真とは相前後するが、D700を使い始めたので写真を挙げよう。少し左右を事後的にトリミングしている。24日撮影。レンズはTamron 28〜300/3.5〜6.3 VCである。
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なりふり構わず手放す |
2010年7月28日(水) | |
Infoseek
今日は晴時々曇だったが、夜から雨。昨日の続きだが、2006年9月にレンズも含む大量の機材を手放した理由はもう1つ、あった。2005年7月3日発売のSigma 30/1.4 EX DC HSMの購入の為の資金捻出である。この30/1.4はAPS-Cサイズ用としては「若干、短い標準」と云う使い易い焦点距離とF1.4の明るさを兼ね備えた魅力的なレンズであり、当時の私は「不要不急な性能を引き摺る時代遅れの」フルサイズ対応レンズよりも価値が高いと判断。しかし前ピンに悩まされ続けた為、1度も実践投入する事なく、今年7月、D700とレンズ2本と引き換えに手放した。
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なりふり構わず手放す |
2010年7月27日(火) | |
Infoseek
今日は晴で、相変わらず暑い。D700の不具合、価格com
さてタイトルの「なりふり構わず手放す」だが、これは下の読売の記事
実は筆者も2006年9月、写真機材を「なりふり構わず手放した」経験がある。当時、空間の捻出が至上命題であり、その対応策として長年集めて来たEnneagramやMBTIその他に関する大量の本をどんどん売却しつつあった。続く第2段が写真機材の放出。具体的なやり方は換金性のあるレンズにそうではないアクセサリー群を付け、引き取って貰うと云う一種のセット販売であり、中古カメラ屋の親父もさぞ迷惑に感じたのではなかろうか。 手放した機材の中には
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Nikon D700不具合か |
2010年7月25日(日) | |
Infoseek
今日は晴だが、一時激しいにわか雨。D700購入の動機はライトアップ系の祭の撮影だった為、予行演習として雨が上がった後、近所をぶらぶらしつつ、夜景撮影を行った。勿論、手持ちである。感度は12800。レンズは50/1.4G。RAW+JPEG(L FINE)。光源を通過する様な帯が長辺方向に走っている。やれやれ。ライトアップ系の祭では、漆黒の背景に光源が点在する状況が多いのに、困った事である。
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Nikon D700とレンズ2本購入 |
2010年7月22日(木) | |
Infoseek
今日は晴。先週頃から梅雨明け。下の写真にある様に、Nikon D700とAF-S NIKKOR 50/1.4G、それから写ってはいないがTamron AF28〜300/3.5〜6.3 VC (A20N II)を購入。理由は、平城遷都1300年に際し、夕景や夜景、特にライトアップ系の祭の撮影の機会も増えるが、そうした場面では高感度耐性のあるフルサイズ機が有利だからである。購入手続きは17日だが、D700と28〜300/3.5〜6.3の納品は21日だった。 なお、これに伴い、
思い出を語ると以下の通りである。 D70は2005年1月29日に購入。筆者はそれまで祭の撮影ではD2Hを使っていたが、購入後は小型のD70の出番が多くなった。子供を最初に撮ったカメラでもある。D200は2006年6月3日に購入。子供をたくさん撮ったカメラであり、シャッターを切った回数は46488回に達していた。共に良く働いてくれた。 ずっと主力レンズの地位を占めていたAF-S DX VR Zoom Nikkor 18〜200/3.5〜5.6G(IF)は人気商品であり、D200から1週間遅れて入手。後ピン修理にも出したが、概ねD200の良き相棒として働いてくれた。Sigma 30/1.4 DCはそれまで使用していた単焦点レンズ数本を集約する意図の下で購入したが、前ピン問題の元凶でもあった。AT-X 107 DX Fish Eye 10〜17/3.5〜4.5はトキナーとペンタックスが共同開発した魚眼ズームで、17mm域に於いてはフルサイズ向け魚眼として使えると云う噂も聞いていたが、余り使わなかった為手放した。 さらば、1つの規格。 ![]() | ||
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私のしごと館設立の経緯 |
2010年7月3日(土) | |
Infoseek
今日は雨時々曇。私のしごと館の経緯について、京都府の都市建設の歩み(www.pref.kyoto.jp/bunkaga/4.html)にあった起工式の時期に関するデータや関西文化学術研究都市月報2007年5月号(www.kri-p.jp/portal/geppou/img/0224.pdf)、行政減量·効率化有識者会議で厚生労働省が出した資料(www.gyoukaku.go.jp/genryoukourituka/dai34/shiryou4.pdf)に出ている2007年の動きも加え、再掲する。
しかし起工は遅く2000年3月であり、その間の6年が計画に費やされている。この頃の面積は実際の私のしごと館の約2倍である。 また2002年には工事中でありながら、「学術研究サポートセンター」併設に関する提案がなされている。 とすれば、使う事が主目的となる補正予算の性格上、緊急措置としてとりあえず土地を購入したが、着工が遅かったのは建設に使える予算が無くなった為ではないだろうか。しかも土地代は150億円、最近の更地鑑定価格の4倍である。私のしごと館の様な公共文化施設を誘致する場合、土地を無償貸与する等大胆な資金面での優遇策が実施される場合もあるが、そうならなかったのは京都府都市開発公社も補正予算の性格を心得ていて、高値で売ったほうが労働省の顔も立つと認識していたのでは、と想像出来る。 それから、私のしごと館は一旦、67600m2の施設として計画されながら、出来た時には35000m2に縮小されている。そして繰り返しになるが、プレオープンと同じ年度に「学術研究サポートセンター」併設に関する提案がなされている。ここから、充分な検討を行う事なく慌てて土地を買ってしまい、その面積に合う施設を検討したが、内容に対し過大になってしまう問題はどうしても拭えず、縮小し、それでもなお職業体験以外の機能も併設しないと使い切れない事が最初から分かっていたのではないか、と想像出来る。 結局、私のしごと館は本当に必要だからと云うよりも、ケインズ的な発想の元で出来た施設ではなかろうか。経緯を見るとそうならざるを得ない。 | ||