綾紫の閑散日記
2011年4月1日〜4月26日

 
明日は不要不急の会議の日
2011年4月26日(火)
今日は晴。少しずつ、初夏っぽくなって来てた。明日は不要不急な会議でほぼ1日、潰れる。議題はそこそこまともだが、もはやタイムリーとは云い難い上、人員は筆者も含め素人だから、結論に向かって進まない。日常の業務に支障が出ないよう、手は打ったが、だったら有給でも取って身辺の雑事を片付けるほうが生産的だ。

だが日本社会では、こうした無駄にいちいち腹を立てない態度が「大人」と称される。困った事だ。
 
 
平城京天平祭
2011年4月25日(月)
今日は晴。平城京天平祭のチラシ(1)(2)を拾って来た。平城京天平祭は4/29から5/5迄、平城宮跡で開催される。第1次大極殿·前庭付近では
  • 4/29 11:00 天平行列(4/30·5/1 11:00及び13:00からプチ天平行列)
  • 4/29 14:00 ちびっこ書道パフォーマンス
  • 4/30 10:30 12:30 14:30 天平平和太鼓大響炎
  • 5/1 11:00 14:00 けまり今昔ものがたり
  • 5/1 10:00 12:00 鷹狩
  • 5/3〜5/5 まほろばステージ音絵巻
  • 4/29〜5/5 せんとくん天平祭ウェルカムステージ
  • 4/29〜5/5 MIHANA
朱雀門広場では
  • 4/23〜 平城京歴史館 再オープン
佐伯門から第1次朝堂院にかけての場所では、
  • 4/29〜5/5 東市·西市 大和のうまいもん ものづくり体験ブース
  • 5/5 ならB級グルメ決戦
  • 4/29〜5/5 さくら茶会
  • 4/29〜5/5 天平衣裳体験
  • 5/3〜5/5 お茶の始まりを旅する
  • 5/3〜5/5 平城宮跡新冒険·ゾープ
遺構展示館から東院庭園にかけてでが、
  • 4/29〜5/5 セグウェイで宮跡めぐり
がそれぞれ開催される。また平城宮跡全域でスタンプラリーも。震災チャリティーの精神が出ているのが今年らしい。
 

(1)表


(2)裏
 
 
似ている
2011年4月19日(火)
今日は曇、夜には一時雨。北一輝と北村一輝、三木武吉と三木武夫、尾池和夫と池尾和人、仲雅美と沖雅也、松尾和子と松尾嘉代、佐藤栄作と佐藤栄佐久、三浦洸一と三浦浩一。
 
 
平城京天平祭
2011年4月18日(月)
今日は曇後雨。昨年は平城遷都1300年に相当する年だったが、今年は遷都祭改め平城京天平祭が平城宮跡で開催される事を(1)毎日が報じている。4/29から5/5迄、天平行列等多彩なイベントが開催される。(2)朝日によればこれに先立ち、平城京歴史館が4/23、再オープンする。さて朝日は遷都祭を「1999から毎年催されて来た」としているが、1999年当時の様子を伝える数少ない資料が(3)関西文化学術研究都市·月報第127号だ。同月報は、
  • 古都奈良の文化財が世界遺産に登録されたことを記念して、平城遷都祭が復活されました。
と述べているので、遷都祭が以前も実施されていた事(初めてならば「復活」ではない)、目的が世界遺産登録記念である事が覗える。また
  • 710年3月10日に藤原京から平城京へ遷都されたことにちなみ、同じ日付となる3月10日(水)には、朱雀門前で記念式典を挙行。3月27日(土) 、28日(日)の両日は、平城宮跡において、記念イベントが開催されました。
とある。開催日はその後に定着したゴールデンウィークではなく、史実を重視した3月だった模様だ。

1999年3月と云えば、奈良市はある決断を行っている。1999年3月付けの(4)日経によれば奈良市は世界建築博覧会の開催を1989年度から検討し始めており、1998年段階で既にプレイベント「トリエンナーレ奈良」を3度、実施していたが、その間、開催年を1998年から「2010年迄の可能な時期」に延期。バブル崩壊後の不況で企業の協力も期待出来ず、結局、委員の任期が切れる1998年度には中止の決定が下された。

1999年3月とは年度では1998年度になる。この時の遷都祭は、奈良市がもう建築博の事はきっぱり忘れ、来るべき2010年の平城遷都1300年祭に向け、舵を切る宣言でもあったのだろうか。

またもや、昔話になってしまった。
 

(1)毎日(mainichi.jp/area/nara/news/20110417ddlk29040418000c.html)


(2)朝日(mytown.asahi.com/areanews/nara/OSK201104130101.html)


(3)関西文化学術研究都市·月報(kri-p.jp/monthly/99_04/p4_1/)


(4)日経(www.nikkeibp.co.jp/archives/053/53277.html)
 
 
けいはんなプラザを被災企業に貸出
2011年4月11日(月)
今日は晴。(1)毎日が報ずる処によると、被災で操業困難となった商業店舗以外の企業に対し、京都府文化学研都市推進室等はけいはんなプラザの空室を無償で貸出す模様。現在、震災により被災した人々を受け容れる仮設住宅をどうしよう、と云う話題が出ているが、被災企業を対象とする動きはこれが初めてではなかろうか。ともかく、自治体だからこそ出来る決断だ。但し、事実上、業種はけいはんなプラザの狭い区画で可能なITベンチャー等が主流になるだろう。

(2)京都新聞はもう少し詳しく扱っている。
  • 東日本大震災の影響を受けた京都企業の支援策を検討する「経済復興対策京都官民合同会議」の初会合が7日、京都市上京区のホテルで開かれた。部品や資材の調達難克服へ、経済界と行政が連携してビジネスマッチングを進めることを確認した。
  • また、京都産業21(下京区)に「緊急部材調達相談窓口」を8日、開設する。部材が入らず、生産に影響が出ている企業の相談に応じ、新たな取引先の紹介などビジネスマッチングに協力する。
とあるから、震災の影響としての部品や資材の調達難に喘ぐ京都企業の支援策の検討が始まった、と受け取れる。しかしそればかりではなく、
  • 京都経営者協会は、空いている生産ラインで被災企業の生産を代替できないかとの相談が京都企業からあるとし、「被災企業と京都企業を生産面で結び付けられる機能を、府と市の信用度を背景につくれないか」(向井仲和美専務理事)と要望した。
とあるから、被災、即ちおそらく東北や関東にあって操業が立ち行かなくなった企業に対し、京都企業がOEM生産を行える様なお見合いも、"支援"の一環として視野に入っている模様。当然ながら、被災企業にけいはんなプラザを貸出す動きにも触れている。

こうした動き、せっかくだから関西広域連合レベルに拡大出来ないだろうか。

そもそも"被災"とは、狭義には地震や津波の被害に遭遇する事だが、今回の東日本大震災に限って云えば電力供給の不安の問題もある。東京電力の(無)計画停電は当面、回避されそうだが、東北電力圏も含め、長期的な電力不足は誰の眼にも明らかだ。となれば、特に途切れる事のない給電を前提とする食品や半導体の様な業界を中心に疎開の動きが出て来るかもしれない。従って、その受け皿をオール関西で整備すべきではなかろうか。
 

(1)毎日(mainichi.jp/select/biz/news/20110410ddm012040116000c.html)


(2)京都(www.kyoto-np.co.jp/economy/article/20110408000025)
 
 
精華町の農業地帯
2011年4月10日(日)
今日は晴。桜のピークはもう過ぎた。ところで筆者は以前、けいはんな地区、具体的には精華町(京都府相楽郡)のけいはんなプラザにあったサテライトラボに通勤していた。ところで精華町は、「けいはんな」と云う表現に代表される研究開発と居住の街であると共に、農業地帯でもある。実際(1)写真に示す様に、近鉄京都線·JR学研都市線から東側の一帯には田畑が広がっている。

こんな光景を眺めていた日々も過去の思い出となったのだが、2005年5月の終わり頃の日記を振り返ると、筆者はパソコンの買い替えを検討していた。当時使っていたノートPC(シャープMebius PC-GP1-C3M)が不安定になって来ていた他、IEEE1394端子が抜け易い問題もあった模様。

つい、昔話になってしまった。
 

(1)精華町の農業地帯 2005年5月28日
 
 
裁判員制度は凍結を
2011年4月5日(火)
今日は晴。東日本大震災では多くの人々が犠牲になり、その後の避難生活も続いているが、裁判も滞っている様子だ。その理由の1つが裁判員制度。朝日や中日が報じている。(1)(2)朝日によれば、
  • 「被災者には参加を求められない」という声も上がるが、裁判員法に除外規定はない。
と云う状況。裁判を行う立場の者からも、
  • 福島地裁の青山民子総務課長は「交通機関が復旧していない。この状況で始めても、社会的に受け入れられないと思う」と話す。
  • しかし、別の担当者は「被災者はどんな気持ちになるだろうか」と発送をためらう。
と云う意見が出ている。震災で苦しい今この時、専門の裁判官だけで運営出来ていた裁判に素人を動員する不要不急な事業にどんな正当性があるのか、至極真っ当な意見だ。これに対する解決策として
  • 非常手段として、刑事訴訟法の規定で管轄を変更する方法はある。例えば、盛岡地裁の事件を秋田地裁で、仙台地裁の事件を山形地裁で開く、というやり方だ。
と云った具合で、被害の小さい裁判所で裁判員裁判を行う非常手段もある。しかし根本療法はやはり、
  • 残る手段は、被災地区では特別に裁判官だけで裁判ができるような特別立法。
とある様な、裁判員制度の凍結ではなかろうか。今の裁判員制度は、
  • 裁判官だけで裁判を開けるのは、暴力団などの事件で裁判員らに危険が及ぶ場合などに限られており、天災は想定していない。
と云った具合で、何処かの原発と同じで天災に対する配慮を欠いている。だが、
  • しかし、裁判員法を所管する法務省幹部は「被災状況を見極めて、呼び出す人数を増やしたり、辞退を幅広く認めたりするしかない」と消極的だ。
とある様に法務省は後ろ向き。法務省は行政機関として立法に踏み込む様な発想を持ち難いのかもしれないが、こんな時こそ政治の出番だ。これに対し(3)中日は
  • 検察庁では、被災地で裁判員法を一時的に停止するべきではという意見も出ている。検察幹部の1人は「一時的に裁判官だけで審理したり、被災地での事件を東京に移して裁判員裁判にしたりすることも考えるべきではないか」と指摘する。
と云った具合で検察庁の意見を紹介している。法務省も検察庁もお役所だが、司法の現場に近い後者が裁判員制度の一時的な停止と云う柔軟な意見を吐いているのが印象的だ。

なお、上で「専門の裁判官だけで運営出来ていた裁判」と記した。裁判員制度は、これまで専門裁判官だけで運営されていたが故に、非常識な判決に陥る事もあった裁判を、庶民目線の常識で改善し得るのではないか、との期待も集めている。しかしこれは望めない。裁判員法第1条は(law.e-gov.go.jp/announce/H16HO063.html)、
  • この法律は、国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与することが司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資することにかんがみ、裁判員の参加する刑事裁判に関し、裁判所法(昭和22年法律第59号)及び刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)の特則その他の必要な事項を定めるものとする。
となっていて、専門の裁判官の判断力が正しい事を前提として、裁判官以外の国民を有り難く善導し、理解や増進を勝ち取る、要するに洗脳する事が、裁判員制度の目的だからだ。
 

(1)朝日前半(www.asahi.com/national/update/0402/TKY201104020472.html)


(2)朝日後半(www.asahi.com/national/update/0402/TKY201104020472_01.html)


(3)中日(www.chunichi.co.jp/s/article/2011040390001526.html)
 
 
蛍の放流
2011年4月4日(月)
今日は晴。4/2、近くの小川で蛍(ゲンジボタル)の幼虫を放流するイベントがあった。見物した証拠として(1)子供が群がっている様子と(2)実際に放流している様子を挙げるとしよう。順調に育てば、6月には飛び交う姿が見物出来る。
 

(1)


(2)
 
 
蛍の放流
2011年4月3日(日)
今日は曇。昨日、近くの小川で蛍の幼虫を放流するイベントがあった。とりあえず(1)案内状を挙げるとしよう。
 

(1)
 
 
けいはんな地区の動向
2011年4月2日(土)
今日は晴。けいはんな地区の動向に触れる。先ず(1)産経によれば、タツタ電線(株)が木津南地区に進出する模様。タツタ電線(株)は資本金66億。木津川市州見台6丁目の3.1ヘクタールの土地に、電磁シールドフィルムの研究·生産拠点を設ける。けいはんな地区に進出を決めた企業としては、2/21に触れた上六印刷(株)に続く、今年2番目だ。それにしても研究と生産を併設した施設ならば可、と云う規制緩和の威力は大きい。私のしごと館とその周辺の空き地もどうすれば活用出来るか、答えは見えている。

それから(2)京都新聞によれば、同志社国際学院の開校式が3/29に行われた模様。同志社国際学院は海外経験のある子どもと国内の児童が一緒に学ぶ「初等部」と、インターナショナルスクール「国際部」が併設された特色のある学校。場所は木津川市、広さ3.36ヘクタール。けいはんな地区では外国人子弟の教育機関がない事が不便な点の1つとして挙げられていたが、同志社がこの課題に応える事となった。ところで、土地は木津川市が無償提供したとあるが、公的な機関を誘致する場合、そうした例は多い。同じく木津川市だが、(財)地球環境産業技術研究機構や(財)国際高等研究所にあっては、土地は京都府から無償貸与されている。この点、国は国自身の機関に対し、土地を無償で貸与·p;譲渡する決断がなかなか出来ない。となれば京都府がアグリバイオバレー構想や国際戦略特区の一環として、国に私のしごと館の無償譲渡を求めるのも不思議ではない。誘致の為の大盤振舞いは、自治体でしか出来ないからだ。
 

(1)産経(sankei.jp.msn.com/region/news/110330/kyt11033002310002-n1.htm)


(2)京都(www.kyoto-np.co.jp/education/article/20110330000051)
 
 
韓流しごと館
2011年4月1日(金)
今日は晴。韓国では、私のしごと館を参考にした「職業体験館」を建設中であるが、(1)韓国の報道系サイトはこれを批判している(google翻訳を経由して日本語化)。報じられている事実データをまとめると、
  • 韓国雇用労働部が建設
  • 建設費は2000億ウォン(160億円)
  • 年間運営費は300億ウォン(24億円)
  • 金の出所は雇用保険基金
  • 場所は京畿道唐盆
  • 土地は2万5000坪(8万2500m2)
  • 建物は延べ1万2000坪(3万9600m2)
  • 従業員数は500人
  • 体験出来る職種は66
  • 事業開始は2004年
  • 発表は盧泰愚時代の2005年
  • 着工は2009年6月
  • オープン予定は2012年3月
となり、規模·運営費の面では私のしごと館とほぼ同程度。職種や従業員数では韓流しごと館のほうが多く、逆に建設費は私のしごと館の1/3以下。批判の内容は、まとめると
  • 急務でない事業に2007年以降赤字を出している雇用保険基金から費用を出した処が不道徳
  • 建設費がインターン事業とほぼ同じと多額
  • 公務員が仕事を増やす為の法人を設立し500人も採用
の3点である。私のしごと館の場合、建設·運営に要する費用が多額である点が批判の主たる対象だったが、金の出所が雇用保険だった点は殆ど忘れ去られており、「多額の税金を投入して······」と云う不正確な論調が多かった。また、
  • 日本でも厚生労働省が職業体験館を運営する法人を作りながら、退職官僚たちが大挙してパラシュートで降りて物議をかもした。
とあるがこれは誤り。私のしごと館を担当した機関は、オープン前迄は(財)産業雇用安定センター、オープン後は(独)雇用·能力開発機構であり、私のしごと館運営に携わるポストは出来ただろうが、特に新しく法人が設立された気配はなかった。それから
  • 雇用労働部関係者は"韓国ジャブウォルドゥ内フードコート、カフェなどの多様な収益事業を行い、運営費の一部を充当する計画だ"と述べた。
とあるが、これは私のしごと館には無い発想。私のしごと館にはレストランも併設されており、何らかの家賃収入はあっただろうが、それで運営費の一部を賄う意識は無かった。となればフードコートやカフェで稼いでも大した収入にはならないのでは。

金の出所も含め、私のしごと館のかなりの部分を真似たこの韓流しごと館、何年続くか、見物だ。
 

(1)韓国サイト(biz.chosun.com/site/data/html_dir/2011/03/09/2011030900262.html)