綾紫の閑散日記
2011年8月18日〜9月26日

 
NPO法人産業技術資料保存調査会と私のしごと館
2011年9月26日(月)
今日は曇後雨。日本産業技術史学会は、産業遺産に関する博物館の建設を目指し、1984年に発足した団体である。その後、博物館構想は陽の目を見る事なく、万博公園の一角に集められていた産業遺産も2008年度末を以って廃棄されたが、ともかく保存に関する折衝だけは少し前からやっていた様子がある。同会から分かれ出たNPO法人産業技術資料保存調査会の活動報告[1]によれば、
  • 1)2008年10月2月にかけ、万国博公園内仮収蔵庫内の産業技術資料の点検と保全に関する活動を不定期で行う。
  • 2)2008年10月から2009年3月まで仮収蔵庫(旧鉄鋼館地下)に収蔵中の産業技術資料の移転先に関する折衝を実施した。折衝先は、「わたしの仕事館」「(株)豊田自動織機」「吹田市」「国立民族学博物館」「舞鶴市」などである。
  • 3)資料の廃棄と「国立産業技術市博物館誘致促進協議会」の解散決定を受け、2009年3月8日から31日まで収蔵品の一部の移転先の折衝を行い資料の移動をおこなう。異動先は、「大阪大学総合研究博物館」「日本工業大学工業技術博物館」「香芝市二上山博物館」「国立民族学博物館」「国立科学博物館」「(株)島津製作所」「リバティ大阪」「尼崎市」「(財)大阪社会運動協会・大阪産業労働資料館」「愛知県立大学」などである。
とあり、廃却の可能性が高まっていた頃、移転先を探っていた様子がうかがわれる。さて後藤邦夫は産業技術資料保存調査会の理事長だが、以前、けいはんな地区に於ける産業技術史博物館の検討を2003年頃に行っていた。実際、折衝先の中にも「わたしの仕事館」(正規には「私のしごと館」)が含まれている。当時、(株)コングレによる包括的な運営受託が始まったばかり。それはともかく、産業遺産の受け入れが実現しなかった事だけは確かだ。
 

[1]活動報告(www.jshit.org/npo-1.htm)
 
 
私のしごと館の人形
2011年9月19日(月)
今日は晴後雨。京都新聞[1]の続報だが、17日から、「京都まなびの街生き方探究館」に於いて私のしごと館から譲渡を受けた人形が展示され始めた模様。アクリルの柱に乗っていた小型人形だ。ところで京都まなびの街生き方探究館、筆者はこうして話題になる迄知らなかったが、私のしごと館に似た施設だろうか。
 

[1]京都新聞(http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20110917000046)
 
 
私のしごと館の人形
2011年9月14日(水)
今日は晴。京都新聞[1]の報ずる処によれば、私のしごと館にあった売れ残り人形110体の内、40体が京都市へ無償譲渡される模様。京都市は小中学生向け職業教育施設「京都まなびの街生き方探究館」での展示品として活用する。

さてこの人形だが、京都新聞はアクリルの柱に載った小型人形の写真を掲載している。これに対し、等身大の大型人形もあったはずである。となると小型40体、大型70体だったのだろうか。それともう1点、これでともかく私のしごと館に関わる資産の無償譲渡の前例が出来た。となれば、京都府が要請している土地·建物の無償譲渡又は貸与への伏線がこれで開かれたのかもしれない。

それにしても京都新聞は「1体当たり約350万円もかけた人形」と評している。異様に高額だが、それでも実にみみっちいと感じざるを得ない。その理由だが、かつて今の(独)雇用·能力開発機構に相当する組織は京都府土地開発公社から私のしごと館の敷地を約150億で購入した。面積は約8万m2である。而るに京都府は私のしごと館からも近い(財)国際高等研究所と(財)地球環境産業技術研究所に対し、それぞれ、約20億で購入した約4万m2土地を無償貸与している。合わせると8万m2で40億の土地となるが、私のしごと館の土地の更地鑑定価格が37億だった事から、概ね似たり寄ったりである。となれば、150億と云う金額は相場の4倍である。実に胡散臭いのだが、誰も指摘しない。
 

[1]京都新聞(www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20110914000021)
 
 
民主党の党首選/ルイ·ルルー美術館サイト発見
2011年8月29日(月)
今日は晴。第1の話題:民主党党首選が行われ、野田佳彦が選出された。得票数は
  • 野田佳彦:102(215)
  • 海江田万里:143(177)
  • 前原誠司:74
  • 鹿野道彦:52
  • 馬淵澄夫:24
である。()内は決選投票。決選投票での逆転劇は、自民党時代の石橋湛山以来の事ではなかろうか。

第2の話題:消えたと思っていたルイ·ルルー美術館のサイト[1]を発見。ともかく、今年3/13迄企画展が開催されており、その翌日から休館している事が明確になった。ところでルイ·ルルー美術館の新サイトはfc2上にある。fc2とは無料サービスの1つであるから、独自サイト(www.leloup.co.jp)の維持が困難になった為移転したのだろうか。なおルイ·ルルー美術館、2004年頃にも休館していた模様。運営費の問題とは思うが、小規模な美術館だけに殆ど話題にもなっていない処が、私のしごと館との違いである。
 

[1]ルイ·ルルー美術館(leloup.web.fc2.com/)
 
 
裁判員制度廃止に2度のチャンス
2011年8月23日(火)
今日は曇。日射が減って関電には優しいが、湿度が高く人間には厳しい天候が続いている。さてネットを探ると過去少なくとも2度、裁判員制度にブレーキが掛かった様子が窺われる。廃止は残念ながら実現しなかったが。先ず裁判員法成立前の2004年2月。47NEWS[1]によれば、当時の政権党だった自民党に於いて、「仕事や子育てを抱える国民への負担になる」「人を裁きたくない人は辞退できるようにすべきだ」と云った具合で裁判員制度に対する慎重意見が続出していた模様。「難航」とあるのでかなり反感が強かったのだろし、他の党も似た様な事情だったかも。だがこうした意見が出たにも関わらず、裁判員法は自民党も含む全ての政党の賛成により成立。余程、党議拘束が厳しかったのか。

次は施行直前の2009年4月。やはり47NEWS[2]だが、「裁判員制度を問い直す議員連盟」と称する超党派のグループが、裁判員法を凍結する法案の国会提出に向け動いていた模様。凍結は実現しなかったから、途中で腰砕けになったのか。

過去、反逆者が続出し、マスコミが騒いだ政策と云えば消費税や郵政改革が挙げられようが、何れも経済問題で、特に前者は生活に直結している。裁判員制度も庶民に義務を押し付けると云う意味では労役税を払わせる様な制度だが、反対派の議員は体を張ってでも抵抗しようとは思わなかったのだろうか。
 

[1]47NEWS(www.47news.jp/CN/200402/CN2004022601003025.html)


[2]47NEWS(www.47news.jp/CN/200904/CN2009041301000588.html)
 
 
私のしごと館
2011年8月22日(月)
今日は曇。私のしごと館が廃止されてから、もう1年半が過ぎようとしている。毎日[1]によれば、京都府の山田啓二知事が、無償貸与に応じない厚労省を批判している様子だ。

だがこれは以下の2つの理由から、無理ではなかろうか。

先ず、国には土地や建物を無償で貸し付ける前例があるか否かだ。公的な研究機関等に対し、自治体が土地を無償で貸与·譲渡する例はある。けいはんな地区ではRITE·国際高等研に対し、京都府が土地を無償で貸している。けいはんなプラザも現在ではこれに近い形になっている。また最近、同志社系のインターナショナルスクールが誕生したが、土地は木津川市が無償で譲渡している。こうした動きは特定の場所に縛られている自治体の誘致作戦の1つである。従って場所に本来、縛られない国は、無償と云う発想を持ち難いのではなかろうか。京大附属農場の移転の計画もあるが、土地は国の機関であるURから金を払って購入する予定になっている。

次に「環境·エネルギーなどの研究拠点施設」とあるが、研究計画は具体化しているのだろうか。何か構想があったとしても、それは私のしごと館クラスの建物でないと出来ない研究だろうか。元々、けいはんな地区にはまさに研究拠点としてけいはんなプラザがあるが、そこに収まらない程の規模なのか。建物の有効活用の為に研究のストーリーを作るのでは、順序が逆である。
 

[1]毎日(mainichi.jp/area/kyoto/news/20110819ddlk26040445000c.html)
 
 
ルイ·ルルー美術館閉館か
2011年8月18日(木)
今日は晴時々曇だったが、地域によっては俄雨も降った模様。けいはんな地区を代表する団体である(財)関西文化学術研究都市推進機構の立地機関をまとめたページ[1]を、ふと覗いた。当然ながら私のしごと館は消えているが、ルイ·ルルー美術館も見当たらない。かつてのサイト[2]を打ち込んでもNot Foundとなっている。

ルイ·ルルー美術館とはけいはんなプラザから西の住宅街の中にあった、個人が趣味でやっている喫茶店·雑貨店の様な、小規模な美術館で、ガラス工芸を売り物にしていた。推進機構月報[3]によれば97年6月26日オープン。開館式典にはベルギーのフィリップ皇太子も来たとある。筆者はけいはんな地区に通っていた頃、その存在だけは認識していたが、閉館したとなると何時頃なのか、俄然、調べたくなった。私のしごと館は例外中の例外で、通常、施設はひっそりと撤退するものだからである。

そこでgoogle検索。トップページらしきページ[4]が見つかったが、実はここ、(財)川崎市産業振興財団のページの一部である。ルイ·ルルー美術館と振興財団の関係は不明だが、ともかく2008年9月頃迄は企画展が開催されていた事が分かる。

しかしこうした状況下、もっと頼りになるのは個人のブログである。やんちゃ坊主 アチャコのブログ[5]には、ケーキを食べ、ルイ·ルルー美術館に寄ったとの記述がある。「寄る」とは微妙な表現だが、文面からは作品に感動した様子が窺われるので、入った可能性が高い。日付はブログの2010年8月16日である。更に、雲と 風と 潮と[6]にはルイ·ルルー美術館と大山崎山荘美術館を訪ねた記述がある。「どちらも館内は撮影禁止なので紹介できませんが」とわざわざ断わっている点から、単に通過したのではなく、やはり中に入った可能性が高い。日付は11年3月7日である。そして最後、タムさんのブログ[7]によれば、この作者はサイクリングが趣味で、高の原イオンから国立国会図書館を目指す道中、ルイ·ルルー美術館に向かったが、入場はしなかった模様。日付は11年7月8日である。実はこのタムさんのブログ、仔細に見るとルイ·ルルー美術館で今年の3月13日迄、「神秘の煌めき」と題する企画展が開催された事を証拠立てる看板が写っている。

となると少なくとも今年3月頃迄は開館していた事になる。そしてその後、古い企画展の表示が撤去されていないとなると、慌しく逃げる様に消えた可能性も考えられる。
 

[1]推進機構(kri-p.jp/portal/ritti/indexRitti.php?param=do.search&key=05&page=1)


[2]ルイ·ルルー美術館(www.leloup.co.jp/)


[3]推進機構(kri-p.jp/monthly/97_07/p4/106_4.htm)


[4]振興財団(www.kawasaki-net.ne.jp/glass/event/louis leloup/louis leloup.htm)


[5]やんちゃ坊主 アチャコ(achacomama.at.webry.info/201008/article_2.html)


[6]雲と 風と 潮と(pb986.exblog.jp/15626080/)


[7]タムさんのブログ(ameblo.jp/michi0617/entry-10947718440.html)