綾紫の閑散日記
2011年10月2日〜10月30日

 
祭メモ
2011年10月30日(日)
今日は雨。価格com情報だが、10月には
  • 八柱神社の題目立 奈良市上深川町(都祁)
  • 菅原神社の火祭り 宇陀市大宇陀田原
があるらしい。
 
 
高山第二工区
2011年10月23日(日)
今日は曇一時雨。高山第二工区とは、関西文化学術研究都市(けいはんな)の一部として開発が検討されている生駒市の一角である。現在、第一工区は開発済みだが、けいはんなの中心である精華·西木津地区と比べ施設誘致は進んでおらず、奈良先端科学技術大·NEC·参天製薬の3つがあるだけ。従って、開発に関わっていた生駒市·奈良県·URの内、奈良県が撤退の表明を行った。昨年10月20日である。これに関し奈良新聞[1]は、第二工区の開発は進めるべきで、不熱心な生駒市をけしからん、と責める意見記事を掲載している。

しかしどうだろう。最近、大阪府等が「国際総合戦略特区」の申請を国に対して行ったが、その中身は結局、けいはんなや彩都、夢洲·咲洲等の遊休地を活用する為の規制緩和へのお願いである。となれば、高山第二工区の開発は土地の供給過剰を更に深刻化させるだけである。奈良新聞は、
  • 20年ほど昔に関連する報道に携わっていた時、「都市がつくられる」ことへの強い期待があった。関西学研都市は幅広い分野の英知が結集した「新都市」になると期待もした。
と過去を振り返るが、この20年間で大規模開発を推進する政策はもう過去の物となった。潔く、高山第二工区の開発は行わない事を決めるべきだ。
 

[1]奈良新聞(www.nara-np.co.jp/20111018092508.html)
 
 
消えた1300年祭
2011年10月18日(火)
今日は晴。期限付きのイベントやプロジェクトの公式ホームページは終わると消える場合が多い。平城遷都1300年祭もその例外ではない。(財)関西文化学術研究都市推進機構が運営するけいはんな学研都市ポータルサイトはその表紙[1]に於いて主要な施設を挙げており、平城宮跡も関連施設の1つである事を示しているが、そこから1300年祭へのリンクを辿るとNot found[2]となってしまった。念の為、googleで検索を行っても、公式ホームページらしきページは出て来ない[3]。1300年から遡る事10年の山口きらら博であれば、往時を偲ぶ事も可能なのだが[4]

いやまだ、1300年祭はましかもしれない。後継イベントである平城京天平祭や巡る奈良のホームページ、それに何と云っても夥しい数の個人のブログが存在するからだ。だが業務系のホームページは消えるとその断片を辿る事が更に難しい。例を挙げると筆者がかつてけいはんな地区に通勤していた頃、BBCCやヒューマン·エル·キューブと云った研究活動が実施されていたが、今やその頃の当事者が何を訴えたかったのか、簡便に知る手段がない。

期限付きのイベントの公式ホームページ、終了直後は確かに賞味期限切れだろうが、年月が過ぎればまた過去を省みる遺産としての価値が出るはずだ。だからfc2でもgeocitiesでも忍者webでも、ともかく残すべきだ。いかがか。

それでは、今年10/29〜30に行われる恭仁京天平祭の予告記事[5]を以って、今日の日記を閉じるとしよう。
 

[1]けいはんな学研都市ポータルサイト(kri-p.jp/)


[2]平城遷都1300年祭公式ホームページ(www.1300.jp/)


[3]google検索結果「1300年祭」


[4]山口きらら博公式ホームページ(www.pref.yamaguchi.lg.jp/gyosei/chiiki/expo/)


[5]京都新聞(www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20111018000056)
 
 
善戦する生駒山上遊園地
2011年10月11日(火)
今日は晴。関西ではUSJが開業して以降、他の遊園地は衰退しつつあり、
  • あやめ池遊園地:2004/6/6
  • 奈良ドリームランド:2006/8/31
  • 宝塚ファミリーランド:2003/8/31
  • エキスポランド:2007/12/10
  • 伏見桃山キャッスルランド:2003/1/31
と云った具合で閉園が相次いでいる。その中、生駒山上遊園地はまだしも善戦している。その理由は定かではないが、生駒山の山頂にある事から、ナイター営業期間中は煌々と輝いている様子が下界からも見え、それなりに目立つ存在だからではないだろうか。
 
 
3連休
2011年10月10日(月)
今日は晴。今回の3連休、天候にも恵まれた。8日:近所の神社の前夜祭、9日:幼稚園の運動会、10日:生駒山上遊園地へ。シャッターを切った回数、約1400。生駒山上遊園地へ向かう途中、こんな怪しい(?)断食道場を見掛けた。
 
 
 
黎明期のデジタル一眼レフ発売日メモ
2011年10月4日(火)
今日は晴。各社の黎明期のデジタル一眼レフ、発売順に並べると以下の通りだ。出典は価格com。実は以前から自動車並の価格のデジ一が出回っていたが、まともな価格を引っ提げて誕生したのが報道向けのNikon D1だった。それ以降、続々とデジ一が商品化され、今日に到っている。
  • ニコン D1 1999年9月29日
  • 富士フイルム(ニコンマウント) FinePix S1 Pro 2000年7月8日
  • キヤノン EOS D30 2000年10月
  • キヤノン EOS-1D 2001年12月中旬
  • 京セラ CONTAX N DIGITAL 2002年 5月19日
  • ニコン D100 2002年 6月22日
  • ペンタックス PENTAX *ist D 2003年9月6日
  • オリンパス E-1 2003年10月上旬
  • コニカミノルタ α-7 DIGITAL 2004年11月19日
 
 
国際戦略総合特区と私のしごと館
2011年10月2日(日)
今日は晴。涼しくなった。さて、京都新聞[1]によれば10月1日から(独)雇用·能力開発機構が廃止された事に伴い、私のしごと館が国有財産となった模様。京都府は、国際総合戦略特区の申請を行いつつ、スマートコミュニティー(次世代環境都市)の拠点として活用すべく、しごと館の無償譲渡を求めているとの事である。私のしごと館にあった人形の一部は京都市に無償譲渡されたが(9月14·19日に紹介)、さすがに施設の無償譲渡となると特区による規制緩和でもしない限り不可能な模様だ。ここが国と自治体の違う所で、自治体であれば公的な機関の誘致の為、土地を無償貸与·譲渡する場合もある。けいはんな近辺では最近、同志社国際学院(www.dia.doshisha.ac.jp/japanese/)が誕生したが、これもそうした誘致活動の成果である。なお、今年1月頃迄の段階では、私のしごと館は農業研究の拠点として活用される手筈だったがスマートコミュニティーに変わっている。何かあったのだろうか。

この国際戦略総合特区、京都新聞の別の記事[2]によれば関西全体を巻き込んだ動きである。医薬品やバッテリー、スマートコミュニティーなど6つのターゲットを掲げ、「関西イノベーション国際戦略総合特区」と称して府県の壁を越え、関経連の調整で一本化。だが選ばれるのは全国で5箇所、なのでかなり厳しそうだ。
 

[1]京都新聞(www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20110930000144)


[2]京都新聞(www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20110929000023)